なぜ水深10cmの用水路でも溺れるのか? 物理で読み解く水難事故の危険性
いま、公立の小学校・中学校では水泳の授業が縮小・廃止されていたり、民間に委託されたりしています。
スポーツ庁が3年ごとに行っている調査[1]によると、令和3年度時点では小学校で87%、中学校で65%となっていた学校プールの設置率が、令和6年度の時点では小学校で83%、中学校で63%となっていることが判明しました。
学校プールの設置率が低下している背景には、施設の老朽化が進み、更新に多額の費用がかかることや、維持管理業務が教員の大きな負担になっていることなどが挙げられます[2]。
一方、笹川スポーツ財団が令和6年に行った調査[3]では、全国1140自治体のうち「すべての小学校でプール授業を実施している」と回答した自治体は93.4%でした。このうち、民間事業者に委託している小学校は約2割、公共施設などで実施している小学校は約4割に達していました。

実は、学校にプールが設置されているのは世界的に見ると珍しく、プール授業があるオランダやドイツでは、公営プールで授業を行っています[4]。
日本では、いつごろから学校でプール授業を行っていたのでしょうか?
日本の学校プールと水泳授業は「命を守るため」に始まった

日本最古のプールは約200年前の江戸時代に会津藩や長州藩の藩校に設置された「水練場」だと言われています。
日本は海に囲まれ川も多く、戦の際に馬とともに水泳の技法が命運を分けるとされていました。そのため、「波を立てない」「刀を持ちながら」などの特色がある古式泳法が発達し、現在、日本水泳連盟が認めるものだけでも各地に13流派も残っています。
日本国内の学校でプールの授業が行われるようになったのは、第二次世界大戦後の1947年のことですが、この当時は遊びの要素が強く、水に親しむことに重点が置かれていたようです。
その後、本格的に水泳の授業が採用されるようになったのは1955年になってからです。
この年、高松沖で修学旅行中の小中学生を乗せた連絡船「紫雲丸」が沈没し、168人が犠牲になった水難事故が起きました。[4]
この事故を重くみた文部省(当時)が、水泳を習得することが命を守ることにつながるとして、学校指導要領のなかに「全国の小中学校へのプールの設置と水泳授業の取組み」を明記し、それが現在に至るまで続いています。
水難事故はどこで発生している?
警察庁が水難事故についてまとめた「令和7年における水難の概況等」[5]によると、平成15~16年ごろまでは事故件数が減少していますが、その後は現在に至るまで横ばいの傾向が続いています。

令和2年から令和7年について具体的に見てみると、この6年間で亡くなった、または行方不明となった中学生以下の水難事故の全件数は167件で、決して少なくはありません。そのうち場所別で見ると、たとえば河川で96件(約57%)、用水路で13件(約7.8%)となっています。また行為別で見ると、たとえば水遊び中が75件(約45%)、魚とりや釣りをしている最中が16件(約10%)、歩行中が7件(約4%)でした。

京都大学の実験で分かった「水深10cm」の危険性
流れのある川で事故が起こることは想像ができます。水遊びをしているときに事故が起こることも想像はできます。しかしそれだけでなく用水路のような小さな流れでも年平均2件程度の事故が、それも死亡または行方不明という大きな事故が起きています。
用水路での事故に関連するものとして、京都大学の岡宗佑らの研究グループによる、「溝や用水路で発生する水難事故の危険性に関する実験的研究」[6]という非常に参考になる研究があり、水深10 cm程度の用水路でも水難事故が起きる可能性が示されています。
以下すべて実スケールで記しますが、実験条件は以下のようなものです。
- 水路は幅40 cmと80 cmの2種類を用意
- 流れる水は、流速60 cm/秒から1.0 m/秒まで、10 cm/秒ごとに変更できる
- 水深は6 cmから10 cmまで1 cm刻みに変更できる
ここに7才児の子どもに見立てた身長120 cm、体重23 kgの着衣状態の人体模型を、「立位」「座位」「臥位」の3通りの姿勢で置いて、さまざまな測定を行いました。なお、立位については論文内に体の向きについての記述がありませんでしたが、「座位」「臥位」のときには、人体模型をそれぞれ、次のように置いています。
- 座位のとき:人形の前面を上流に向け、その足を上流側に伸ばした状態
- 臥位のとき:頭が上流側に、足が下流側になるように横たわらせた状態
姿勢と水路の幅でこれだけ違う! 人体が受ける「力」
この論文には、流水が人体に与える力(流体力)の測定値が記されています。水路幅が40cmと80cmのそれぞれに、流速を1.0 m/秒に限定、水深は6 cmと10 cmに設定して流水を流したときのデータです。数値は学術的な単位で書かれていましたので、ここでは kg単位に換算して下の表にまとめました。kg単位というのは、たとえば下の表の2行3列目の0.588であれば、0.588 kg (= 588 g)の物を持ち上げるのと同じ力を、上流から下流に向かって人体が受けていることを表しています。
| 水路幅[cm] | 水深[cm] | 立位[kg] | 座位[kg] | 臥位[kg] |
|---|---|---|---|---|
| 80 | 6 | 0.588 | 0.914 | 1.44 |
| 80 | 10 | 0.914 | 2.81 | 3.92 |
| 40 | 6 | 0.849 | 1.96 | 2.87 |
| 40 | 10 | 1.37 | 5.29 | 7.84 |
この実験結果から、人の姿勢が3種のいずれであっても、水路幅の狭い方が流体力が大きいことが分かりました。また座位の場合については、体で流れが遮られて模型の上流側で水位が上昇(せき上げ)、つまり体の前と後で水深差が生じることが確認されました。
この研究によると、流速が60 cm/秒、水深が8 cmで水を流した場合や、流速が80 cm/秒、水深が6 cmで水を流した場合でも、体が流されてしまう危険性があると結論づけています。
さらに、溺死の観点からの分析も行われています。人体模型が臥位の場合(上記の通り頭部が上流側)、水路幅が40 cm、流速1.0 m/秒、元の水深が10 cmのときにせき上げにより頭部付近の水深が20 cmを超えました。これがこの研究の状況設定範囲内では最大値でした。
また、この研究では、次のようなことも分かっています。
- 水路幅が40cm: 流速60cm/秒・水深6cmの場合 → 頭部側の水深が10cmを超える
- 水路幅が80cm: 流速1.0m/秒・水深6cmの場合 → 頭部側の水深が10cmを超える
おそらく子どもの頭の大きさをもとにしたのでしょうが、この論文では、仰向けであれば水深20 cmで、横向きに倒れている場合では水深10 cmで、それぞれ溺死する可能性があるという判断をしています。
流体力の表から、元の水深が10 cmのときには、水路幅が80 cmであっても座位で3 kg弱、臥位で4 kg弱の力を子どもは流水から受けることになります。水路幅が40 cmのときには座位で5 kg強、臥位で8 kg弱の力を受けます。5 kg入のお米の袋を想像すると、これらは子どもにとっては非常に大きな力で、流されないように体を支える、あるいは立ち上がる、などの行動が非常に困難になることが想像されます。

水路内が苔や藻などで滑りやすくなっていることも考えられます。あるいは水路と道路の高低差が大きい場合もあり、手をつくことができる場所がコンクリート製の垂直な壁であるため、子どもは壁につかまることができずに立ち上がれない可能性があります。流量が少ないから、あるいは小さい(つまり幅の狭い)水路だからと言って侮ることは危険だということがわかります。
なぜ狭い水路の方が強い力がかかるのか?
実験では幅の広い水路よりも狭い水路の方が流体力が大きくなっていますが、それは次のように考えると良いでしょう。
まず、座位や臥位の姿勢の場合、人の体は流水にとって障害になりますので、水は横に逃げて流れようとします。水路の幅が広いと水が逃げる場所も広がりますので、水は体の横を緩やかに流れてくれます。しかし水路の幅が狭いと水が逃げる場所が狭くなり、体の上流にはせき止められた水が溜まって下流との水位の差が大きくなり、また狭くなっている体の横を水が勢いよく流れていくことになります。
水が流れる勢いは、ホースを使って庭に水をまくときに出口を狭めると勢いの強い水が、広げると勢いの弱い水が、それぞれ流れ出ることと同じです。体が受ける力の源は、上流と下流の水位差から生じる水圧と、水が流れることで生じる抵抗力です。水路の幅が狭いと水位差が大きくなるため体が受ける水圧も大きくなり、流速も速くなるので抵抗力も大きくなる…という相乗効果で流体力が大きくなります。
水の流れはどう体を押すのか?─粘性抵抗と慣性抵抗
水圧については後で記すことにして、ここでは流水による抵抗力について考えてみましょう。これは座位よりも臥位の方が、また幅の広い水路よりも狭い水路の方が、流体力が大きいという結果として表の数値にも現れています。流水による抵抗力は、「粘性抵抗」と呼ばれるものと「慣性抵抗」と呼ばれるものに分けることができます。
「粘性抵抗」とは摩擦力の一種で、水に触れる面積が大きいと力も大きくなり、また流速に比例して大きくなります。座位よりも臥位のほうが水に触れる面積が大きいので、粘性抵抗は大きくなります。京都大学の実験では着衣を想定していますので、衣服の存在により粘性抵抗はさらに大きく影響します。前述のように、幅の広い水路よりも狭い水路の方が体の横を流れる流速が速くなりますので、人体に働く粘性力も大きくなります。これが水路の幅が広いときよりも狭いときの方が流体力が大きくなる理由のひとつです。
では「慣性抵抗」とはなんでしょうか。
今回の実験ではあまり大きな影響を与えていないかもしれませんが、流れが速くなると体(だけでなく流れの中にある物体なら何でも)よりも下流側で渦ができることがあります。このときに働く力が慣性抵抗です。
力の大きさは流速の2乗に比例します。本来なら下流に流れ去ってゆく水を体の近くに引き止めることになるので、引き止めるために必要な力を体が抵抗力として感じることになります。なお、下流側の渦は上下左右に予測の難しいでたらめな動きをしますので、慣性抵抗が働くとそれに引きずられて体も上下左右にでたらめに揺れることになります。
水難事故とは直接の関係はありませんが、スポーツの世界では、サッカーの無回転シュート、バレーボールの無回転のサーブ、野球のナックルボールなど、ボールがランダムに揺れて落ちる現象の原因はここにあります。
倒れると流されやすくなる理由
さて、京都大学の論文では、流水力だけでなく、摩擦力と浮力を考慮して体が下流に向かって流される可能性を指摘する考察がありました。
手足で踏ん張ることができるようになるまでの間に流体力によって流されないためには、摩擦力が大きくなければいけませんが、その摩擦力は人と水路の底とが接触している面(接触面)に掛かる力に依存します。たとえば荷物が入っている段ボール箱が床の上にあって、床の上をすべらせて箱を移動させようとするとき、軽い箱よりも重い箱の方がすべらせるのが大変になります。これは単に重いからではなくて、箱が重くなると箱と床との間の摩擦力が大きくなるために、それだけ大きな力を加えないと摩擦力に打ち勝つことができないからです。
そうは言っても流されないようにするために、すぐに体重を増やすことはできません。ここに浮力が関わってきます。体重から浮力を引いたものが水路の底の接触面に働く力ですが、浮力の大きさは水に浸かっている部分の体積に比例します。
つまり、立位だと流水力が小さいだけでなく浮力も小さいので、摩擦力は大きくなり、体は流されにくくなります。座位だと上半身の多くは水の外に出ていますので、臥位よりも水に浸かっている体積が小さくなり、それだけ浮力は小さく、そのため摩擦力は臥位の時よりも大きくなります。流水力は座位よりも臥位のほうが大きく、逆に摩擦力は座位よりも臥位のほうが小さくなりますので、その相乗効果で座位よりも臥位のほうが体が流されやすくなります。
京都大学の論文では最後の方に、浅い流れであっても溺れる可能性が指摘されていました。私たちは「溺れる」と聞くと、全身が水に沈んでいると考えてしまいがちですが、実際には「口と鼻が水面下に入った状態」になると呼吸がしにくくなるため溺れる可能性が高まります。水位が10 cm程度でも溺れる可能性があることには十分に注意が必要だと思います。
水圧とは?

「水圧」とはなんでしょうか?
水圧とは物体の上にのしかかる水の重さによる圧力のことです。
組体操の「ピラミッド」を思い浮かべてください。当たり前のことですが、一番下の人が一番重さを感じています。その現象が水の中でも起きています。水の浅いところでは、自分の上にある水が少ないため軽く、深く潜れば潜るほど、自分の上にある水の量が増えるため、どんどん重くなります。
ただし水圧は上下方向だけでなく水平方向(前後左右方向)にも働きます。机の上にスライムや粘土を置いて手のひらで押して潰すと、手のひらと机の隙間から横に広がってゆくことを思い浮かべてみてください。水圧もこれと同じです。なので、実行はちょっと難しいかもしれませんが、立った状態のまま水中に潜ると、上下に潰されるだけではなくて前後左右からも押されます。実はこれは悪いことではなくて、上下から人体に加わる圧力をこの力が支えるように作用しますので、人は力を入れなくても水中に潜っていることができます。せいぜい耳が痛くなるぐらいです。
水圧は、ちょっとした実験で体感できます。
手にポリ袋をかぶせて、「パー」の状態のまま水の中に手を入れてみてください。
どうなると思いますか?
水の中に手を入れた瞬間、「ポリ袋がピタァァァ」と、まるで真空パックされたかのように手の形に張り付いてきます。これが「水圧」です。
空気中ではポリ袋の中の空気と、外側の空気が押し合う力が同じため、袋はフワフワとしています。一方で、水中ではポリ袋の外側から「水を押し返そうとする強い力(水圧)」がかかります。そのため、袋の中の空気が上から押し出され、逃げ場をなくしたポリ袋が手にぴったりと押し付けられてしまうのです。上下方向だけでなく、水平方向にも水圧が働きますので、ポリ袋は手や腕にピタリと張り付くのです。
ここでもう一度、京都大学の実験を見直してみてください。たとえば座位のとき、水路の幅が狭く流速が大きいときには、体よりも上流側がせき上げによって水位が上昇した状態になりました。水圧は上下方向だけでなく水平方向にも働きます。つまり、上流側と下流側で水位に差がある場合、体の前から水に押されたとき、背中側には支えてくれるモノがありません。単純計算では、15 kg分の重さの水を前方から受けることになります。実際には15 kg分すべてが人にかかってくるわけではありませんが、少量の水と思われる場合でも流れがあると危険度が増す理由のひとつがここにあります。
流れる水はなぜ危険?

川や用水路などのように水の流れている場所と、プールや池など水の流れがない場所を比較した場合、もちろん水の流れがある場所の方が、事故が起きる危険性が高くなります。ただ、「流れがあると何倍くらい危険なのか」という点については、水深や水温、流れの速度など多くの要因に左右されるため、具体的な数値は明らかになっていません。
河川財団は水の流れがある場所で事故が起きやすい理由として、次の4点を挙げています。[7]
- 流れによって体力を奪われる
- パニックになりやすい
- 障害物に巻き込まれる
- 流れの強さが見た目で分かりにくい
実は、水深がひざ程度の浅さでも流れが速い場合には大人でも流される可能性があります。たとえば、流速0.5 m/秒程度(時速約1.8 km)でも歩行が難しくなることがあります。時速1.8 kmというのは、発達段階にもよりますが、3歳児程度の歩行速度です。
もちろん水の流れが早ければ、それだけ危険度が増します。
水の流れが流速0.5 m/秒と仮定した場合、水深が成人男性の足首くらい(水深10~20 cm)であれば歩行に困ることはありませんが、ひざ下くらい(水深約30 cm)になると歩きにくくなり、水深が50 cmになると転倒のリスクが高まります。
子どもの場合は水深が30 cm程度でも流される可能性があります。
流速が2倍になると力は4倍! 足元をすくう水のエネルギー
流速0.5 m/秒というのは、見た目にはかなり緩やかな流れです。
しかし、水深50 cm程度でも、実際には足だけではなく太ももや体幹部分にも流れを受けることになります。そのため成人男性でも片足あたり1 kg相当の横向きの力を受けていることになります。流速が1 m/秒であれば力は4倍、流速2 m/秒であれば16倍の力が働きます。

つまり、流速0.5 m/秒の場合には1 kg、流速が1 m/秒の場合には4 kg、流速が2 m/秒になると15 kg相当のオモリを足にひとつずつ付けている状態になります。
地上であっても片足に15 kgものオモリをつけて歩くことなどできないかもしれません。それが、水の中…となると太ももや体幹にも水の流れが当たったり、川底の石によって摩擦が低下したり、滑ったり…。流れのある水の中で歩くことがいかに危険で、バランスを崩す可能性が高いことが分かります。
水中で立ち上がれない3つの理由
お風呂やプールで思いがけず足がツルッと滑って「うわぁ!」となった経験はありませんか? 水の中ですべったときに立ち上がれなくなる原因には、主に次の3つが挙げられます。
- 浮力
- 水の抵抗
- 摩擦低下
水の中に入ると、下から体をフワッと浮かせる力「浮力」が働きます。たとえばプールなどで肩まで水に浸かった場合には、体重が10分の1くらいまで軽くなります。体重が軽くなると、足の裏が床を踏みしめる力が弱くなり、摩擦(まさつ)が減ってズルズルと滑ってしまいます。
また、水は空気よりもずっと密度が高いため、動きが制限されます。
たとえば、水の中で手を動かすと、水を押しのけながら進まなければならないため、手は反対向きに押し返されます。これが「水の抵抗」です。水を受ける面積が大きいほど抵抗は大きくなるため、水の中で「グー」で動かすよりも、「パー」で動かした方が重く感じます。水難事故のときにも、同じことがおきています。つまり、服を着たまま泳ぐと袖やズボンが広がり、体が水を受ける面積が増えて、思うように動けなくなります。
立ち上がろうとして体を上に起こしたり、下に足を伸ばそうとしたりするたびに、目に見えない水の壁を押し退けなければならないため、どうしても動きがスローモーションになり、立ち上がりにくくなる…ということです。
さらに、溺れかけて手足を大きく動かすと、今度は「作用・反作用」の法則が働きます。これは「何かを押すと、同じ力で押し返される」という物理のきまりです。立ち上がろうとして慌てて水を前に押すと、その跳ね返りで自分の体がさらに後ろへ押し付けられてしまい、ますます起き上がれなくなってしまうのです。
着衣泳の誤解:「上手に泳ぐ」ではなく、「浮いて待つ」
日本は世界的に見ても溺死・溺水事故が多い国のひとつです。[8]
運河の多いオランダやイギリス、オーストラリアなどでは、服を着たまま泳ぐ「着衣泳」の教育が競泳よりも重視されています。それに対して日本は、イギリスと比較すると溺死率が約5倍になっています。

文部科学省は、平成5年に「水泳指導の手引き」を発行し、着衣泳を含む安全教育を推進しています。ただ、実施率は公表されていないため、実際に学校現場でどれくらい指導が進んでいるのかは不明です。しかし、スイミングクラブなどでの着衣泳の指導は少しずつではありますが広まってきています。
「着衣泳」とは、「服を着たまま上手に泳ぐこと」を目的としたものではありません。クロールなどのなんらかの泳ぎの形でもありません、[9]
着衣泳とは、服を着た状態で浮いたり、移動したりして自分の身を守るための技術です。
服を着たままでは、服が水を吸って体にまとわりつき、水の抵抗が大きくなるため、手足が思うように動かなくなります。オリンピックに出場経験のある水泳選手でも、服を着たままの状態で泳ぐのは簡単ではありません。
着衣泳の指導では、まず、溺れたときには「浮いて待て」ということを教えています。
ラッコのように仰向けでプカプカ浮いて、足の先を下流に向けて流されるのが一番安全だからです。こうして足を浮かせておけば、川底の岩に足が挟まって動けなくなる危険(フット・エントラップメント)を防ぐこともできます。
着ている服や靴は邪魔ではありますが、服や靴の浮力を利用することで、浮かびやすくなります。服を着ていることを最大限に生かして、無駄な動きをせずに、できるだけ長く浮いて、助けを待つことが、着衣泳のもっとも重要なポイントです。
溺れている人を見つけたときに、まずすることは?

では、溺れている人を見かけたときはどうすればいいのでしょうか?[10]
そもそも、誰かが溺れているとしても、水の中は抵抗があるため、体をパシャパシャと動かすことができません。つまり、「あの人、溺れている」ということが、周りにいる人からはあまり分からないのです。30秒ほど経過して、ようやく「やばいっ」と気が付いて慌てる…ということが多いのだそうです。
溺れている人がいることに気が付いたときには、助けようと思って水の中に入ってはいけません。どんなに泳ぎが得意な人でも、訓練もせずに人を救助することはできません。
まずは「浮いて待て」と声をかけて、119番に電話してください。そして手近にある浮きそうなものを近くに投げ入れてください。カバン、ペットボトル、傘、ランドセル…いろいろなものが浮きます。ランドセルは中に教科書が入っていても浮きます。
ペットボトルを投げるときは、少し水を入れてフタを締めてから投げると、遠くまで飛びます。レジ袋は空気を入れて膨らませれば、持っているだけでかなり浮きやすくなります。
もし周囲に人がいたら、その人にも声をかけて手伝ってもらうといいかもしれません。「浮いて待て」ができていれば、救助が来るまで待つことがベストです。
さいごに
水難事故は、川や海、プールなど、水中で遊んでいるときにばかり起きるわけではありません。近くを歩いていて、なんらかの拍子に落ちた…ということも十分に考えられます。実際、河川財団の調査によると、水難事故の3割近くは河畔でのスポーツ、キャンプ・バーベキューなどをしている際に起きています。
子どもと川で遊ぶときには、大人はあらかじめ下流側に立ってください。子どもより上流側にいた場合、流されたときに救助が間に合いません。
そして、流されてしまったときには、立とうとしないこと、元いた場所に戻ろうとしないことが大切です。元の場所に戻ろうとすると流れに逆らって泳ぐことになるのでリスクが高まります。流れの緩やかな場所を見つけ、そこまで移動できるのであれば、それがベストですが、それができない場合でも立たずに浮いて待っていてください。そうすることで救助の可能性が高まります。
川遊びをする際には、しっかりと情報を集めて、準備を整えて川遊びを存分に楽しんでくださいね。
最後になりましたが、今回、「物理」に関する部分は、koedoにご寄稿いただいたことのある物理学が専門の「カラフルな一歩」様に大幅に加筆・修正していただきました。お忙しいなか、ご協力いただきありがとうございました。
【参考文献】
- 令和6年度体育・スポーツ施設現況調査の結果概要/スポーツ庁
- 学校プール縮小に「水泳は命を守る授業」元代表の投稿に反響。親の共感、現場の苦悩…萩原智子「水の教育は転換点」/CHANT WEB
- スポーツ振興に関する全自治体調査 2024/笹川スポーツ財団
- 世界的に珍しい学校のプール、熱心な水泳授業は武芸が由来?…見直される学ぶ目的/読売新聞オンライン
- 令和7年における水難の概況等/警察庁生活安全局生活安全企画課
- 「溝や用水路で発生する水難事故の危険性に関する実験的研究」/岡宗佑,岡本隆明,當麻泰史,戸田圭一,渡辺力;令和2年度 京都大学防災研究所 研究発表講演会 P109 (Feb., 22-24, 2021)
- 水難事故2026/公益財団法人河川財団
- 溺死 10万人あたりの死亡率/World Life Expectancy
- 着衣泳を広めるプロジェクト
- 着衣泳で一番大切なこと・知っておくべきこと














