【水難事故×物理】叫びながら川に飛び込むと危険な理由を物理で解説 ~比重とは?~

2024年8月2日

今年も暑い夏がやってきました。

夏休みにさまざまなレジャー計画を立てている方も多いのではないでしょうか。夏ならではの遊びのひとつである「水遊び」を計画している方も多いはずです。

水難事故発生件数はどれくらい?

毎年、どれくらいの水難事故が発生しているかご存じでしょうか?

警察庁によると、令和5年の水難事故発生件数は1,392件(前年対比46件増)。過去10年間を見ると、平成28年をピークに減少したものの、ここ数年は増減を繰り返しています。

警察庁「令和5年における水難事故の概況」を基に作成

では、水難事故はどこで発生しているのでしょうか。

平成15年(2003年)から令和5年(2023年)までの統計を見ると、中学生以下の子どもの水難死亡事故の約6割は「河川」と「湖沼池」で起きていて、海での水難死亡事故数の2倍以上になっています。この原因として、川や湖沼池には監視員がいないこと、そして川や湖沼池は子どもにとって海よりも身近であることなどが考えられます。

水難事故発生場所
場所別死者・行方不明者数(子ども)/公益財団法人河川財団(最終閲覧日:2024.7.19)

飛び込むときに潜む危険

河川で起きている水難事故のなかには、橋などの上から川に飛び込んだ際に溺死するケースがあります。

たしかに橋や岩の上などから飛び込むとスリルも感じることができて楽しそうです。SNS上でも、飛び込みの瞬間をとらえた動画をよく見かけます。

しかしその一方で、橋から飛び込んで命を落とす事故のニュースを頻繁に耳にします。

なぜ、橋から飛び込んで命を落とすのでしょうか。

実は橋から川に飛び込んで命を落とすケースには、次の2つの共通項があることが分かってきました。

橋から川に飛び込んで命を落とすケース

  • 友だちと飛び込んで遊んでいた
  • 潜ったあと水面上に顔を出さなかった

特に、友だちと飛び込んで遊んでいて、叫んで周囲にアピールしながら飛び込んだときに事故が発生しやすい傾向にあります。

叫びながら飛び込むと沈む理由とは…?

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無言で飛び込むことと、叫びながら飛び込むことの何が違うのでしょうか。

この2つの違いは、物理で簡単に説明できます。

人の比重は、空気を吸って肺のなかに空気がある状態で0.98程度です。真水の比重は1.00のため、無言で飛び込んだ場合は、人の方が真水の比重より軽いため浮きます。

ところが声を出して肺のなかの空気が少ない状態では、人の比重は1.03程度まで増えてしまいます。つまり、叫びながら飛び込んだ場合には、真水よりも比重が増えてしまうため沈んでしまうのです。

これは風船を膨らませていない状態で水の中に入れた場合には沈んでいきますが、空気を入れて膨らませた状態では水に浮くのと同じことです。

飛び込むことによって起こり得る危険を、NHKが専門家とともに検証実験を行っています。

この実験によると、大きく息を吸った状態で高さ1メートルの飛び板からプールに飛び込んだとき浮上するまでにかかった時間は5秒でした。全身が水に沈みましたが、比較的早く水面に顔を出すことができていました。

ところが大きな声を出して飛び込んだ場合、無言で飛び込んだときより深く潜ってしまい、水深3.8メートルのプールの底に足が着くという結果になりました。飛び込んだあと顔が水面に出るまでの時間は13秒。専門家によると、この13秒という長さは、焦った場合には水面に顔が出る前に呼吸をして水を飲んでしまう可能性が出てくる長さだということです。

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水中には、もう1つワナがあります。

水が透明で底まで見えている場合、同じ深さでも光の屈折により遠くほど浅く見えてしまうのです。また、下にあるものが浮いて上がってくるように見えるため、5メートルくらいの深さがあっても1.5メートル、2メートルくらいの深さに見えてしまいます。

光の屈折は、宝石を輝かせるカットにも使われています。

比重とは

比重とは、ある物質の密度と、同体積の水の密度との比のことです。

つまり、「物質と水の密度の比」のことで、水の質量の何倍かを示したものが「比重」です。

真水の比重は「1」なので、比重が1より小さいモノは水に浮き、1より大きい比重のモノは水に沈みます。たとえば鉄が水に沈むのは鉄の比重が7.87と、鉄の方が水よりも「比重が大きい」からです。

ここできっと、「船」は鉄でできているのに水に浮かんでいるけど…と思った人もいるでしょう。

水よりも比重が大きい「鉄」でできた船が水に浮かぶのは、船の中が空洞だからです。つまり、船の体積と同じ量の水よりも中が空洞の船の方が軽いため水に浮くということです。

川遊び中に流されそうになった場合には

河川財団が行っている調査によると、過去10年間の水難事故では大人が引率していても事故が多く発生しています。

同行者の構成別水難事故件数
2003年~2023年 同行者の構成別事故発生件数/公益財団法人河川財団(最終閲覧日:2024.7.19)

たとえ大人が引率していても川で水難事故が起きやすいのは、川にはプールとは違い「流れ」があるからです。たとえば1秒間に1m流されてしまえば、あっという間に陸上からは手が届かない場所へ移動してしまいます。

川で遊ぶときには、たとえ川の中に入る予定がなくても子どもだけではなく大人もライフジャケットを着用することが大切です。水深が大人のひざ程度の浅さでも流れが速い場合には流されてしまう可能性があるからです。

大人のひざ程度の浅さでも流速2m/秒の場合、片足に約15kgのオモリがついているのと同じ状態になります。「流されまい」と抵抗する力よりも川の流れの力の方が大きければ流されたり、バランスを崩したりします。バランスを崩した場合には、水があたる面積が大きくなるため、さらに大きな力が加わります。

人は真水よりも比重が軽いため浮く…という話をしましたが、水の比重が1、人の比重が0.98ということは、浮いているのは体積の2%だけです。つまり、直立状態で沈んだ場合、頭頂部のほんの少しだけが水面に出ている状態だということです。これでは、当然、息ができません。

では、おぼれたときに手を伸ばした場合にはどうなるのでしょうか…。

実は、この場合には手の先が少し水面に出る…という状態になってしまいます。

足がつきそうな浅い場所であっても、もしバランスを崩して流されてしまった場合にはムリに立とうとするのではなく、足を下流に向け、足先を水面まで持ち上げた姿勢を取ると浮力で浮くことができます。ただ、この場合でもライフジャケットを付けていることが必須条件です。流れがある場所では、身体に水平方向の強い圧力がかかり、浮くこと自体が困難になることがあるからです。

浮力とは

浮力は体積によって決まります。たとえば体積が50立方cmであれば浮力は50gです。これは体積がどれだけ大きくなっても変わらず、大きなものほど浮力も大きくなります。

もう一度「船」を例にすると、船の沈んでいる部分が2万トンであれば浮力も2万トン。船が押しのけている水の重さと船の重さが釣り合うところで浮かんでいるということです。荷物をたくさん積めば船は深く沈み、荷物が少なければ船は浅くしか沈みません。貨物船は、船体を安定させるために出航したときの重さと同じ重さの荷物、もしくは重石として「海水」を積んで帰港するよう対策が取られています。

さいごに

水難事故の約半数は夏休みである7月から8月に集中しています。また、水難事故は午前中よりも午後に発生していて、14時から15時をピークに13時から17時までの4時間が特に多い傾向にあります。

川の事故は瞬間的に発生し、すぐに致命的な状況になりがちです。

つまり、なにかが起きてから対処するよりも事故が起きないように予防することが重要だということです。

「危ないから川遊びをさせない」ではなく、しっかりと情報を集め、ライフジャケットを着用するなど万が一なにか起きても対応できるだけの準備を整えたうえで、川遊びを楽しんでください。

(koedo事業部)

【参考】