小・中学校でデジタル教科書が正式な教科書へ、デジタルと紙で「記憶」や「思考力」の差は?
令和6年度から全国の小学5年生から中学3年生を対象に英語のデジタル教科書が、さらに一部の小学校・中学校では算数・数学のデジタル教科書が導入されています。中央教育審議会は、令和7年9月24日、デジタル教科書を紙と同様に正式な教科書と位置付け、検定対象とすることを了承しました。
紙の教科書を使用、デジタル教科書を使用という選択肢のほか、紙とデジタルを組み合わせた「ハイブリッド」での使用も認める方針で、2030年度ごろからの導入を見込んでいます。
デジタル教科書にできること
現在の学習者用デジタル教科書は、紙の教科書の内容をそのまま電子化した教材です。タブレットやパソコンなどの端末で利用でき、次のような機能が備わっています。

- 文字や図表を見やすい大きさに調整できる
- ペン機能やマーカー機能で、教科書に直接書き込みや編集ができる
- 視覚に配慮が必要な児童のために、配色変更や反転できる
- 教科書の文章を「読み上げる機能」がついている
- 漢字にルビを振ることができる
- シミュレーション機能
このほかにもデジタル教科書に書き込んだ内容が自動保存されるため、次回起動時に前回終了時の状態から再開できたり、黒板機能があって本文からポイントを抜き出して話し合いに活用できたりします。また、ペンツールが利用できるため、たとえばグラフを書くときなど、何度でもやり直しが可能です。
ところで、デジタル教科書ならではのこうした機能を、子どもたちは実際にどれくらい使用しているのでしょうか?
文部科学省が令和6年に児童生徒を対象に行った調査によると、デジタル教科書を使わない児童を除いた場合、「いつも使う」「だいたい使う(4回に3回程度)」「ときどき使う(2回に1回程度)」「たまに使う(4回に1回程度)」を合わせると、小学校の中高学年、中学生のいずれも「ペンやマーカー機能」や「拡大機能」の利用機会が多いことが分かりました。
一方で、デジタル教科書の導入により期待されている「英語などの音声の読み上げ」の機能は、小学校中高学年、中学生ともに5割に達していません。
また、小学校の中高学年・中学生のいずれにおいても「拡大機能」を利用する機会が前年度よりも減少していました。


紙とデジタルの教科書を比較 ―記憶・思考力―
紙の教科書とデジタル教科書を比較した場合、どちらの方が記憶に残りやすかったり、理解度が深まったりするのでしょうか?
令和3年度に文部科学省が行った大学生を対象に行った先行研究によると、「記憶」は紙の教科書でもデジタル教科書でも同じくらい、もしくは紙の教科書の方が優位という結果がでました。一方、「思考力」は条件により異なるという結果が出ています。

デジタル教科書推進ワーキンググループ(最終閲覧:2025.12.18)
さらに実証研究の参加者に対して行ったアンケートによると、「集中力」は紙の教科書が優位である一方で、「意欲」についてはデジタル教科書が優位な傾向にあることも分かりました。
文部科学省は、この先行研究に対し参加者が大学生のため「学習スタイルに対する慣れの影響が少なからずあると考えられる」としています。
同じ内容の場合は、紙の本の方が優位?
実は、「同じ内容を読む場合、デジタル教科書よりも紙の教科書の方が理解力や記憶力で優位」という研究結果が出ています。
ノルウェーで24歳前後の50人の参加者に、約1万文字の短編小説を電子書籍で読むグループと紙に印刷された本を読むグループに25人ずつに分けて、どれくらい内容を覚えているかという実証研究が行われました。
その結果、登場人物に関する質問や、場所についての質問では、両グループに大きな差はありませんでした。ところが、作中で起きたいくつかの出来事が「前半」「中盤」「後半」のどの部分で起きたかという質問に対しては、紙の本を読んだグループに優位性が見られました。特に前半に起きた出来事に関する質問の正答率が紙の本を読んだグループの方が高いという結果が出ています。
さらに作中の出来事を示した文章を複数用意し、これを小説の流れに沿って正しい順序に並べ替えるという問題でも、紙の本を読んだグループの正答率が優位に高い傾向にありました。
デジタル教科書に対する懸念事項は?
国が目指すデジタル教科書の正式導入について、読売新聞が教育委員会に対してアンケートを実施したところ、「懸念があるか」という質問に対し、「ある」が12%、「どちらかと言えばある」が49%と、約6割の教育委員会がデジタル教科書を正式な教科書として導入することに対して慎重な姿勢を示しました。

読売新聞(最終閲覧:2025.12.18)
なにに対して不安を感じているのか10項目から複数回答で選んでもらったところ、69%が「視力の低下など子どもの健康面」と回答。続いて「災害や停電などによる通信障害」が67%でした。
一方で期待する点(複数回答)としては、「英語などの音声の読み上げ」が97%を占めました。
教育現場のIT化が進み始めた当初から、子どもの健康への影響は常に懸念事項として上位に挙がっています。ただ、紙であってもデジタルであっても、長時間にわたって継続して近距離でなにかを見続けるという行為は、視力低下の予防の観点からは避けるべきです。
教科書がデジタルであっても紙であっても、授業中にずっと手元を見ているわけではなく、黒板を見たり、先生の方を見たり、発表しているクラスメイトを見たりしています。
つまり、デジタル教科書の導入が子どもの視力の低下の原因のひとつだとしても、それだけで子どもの視力が低下するわけではないということです。
おまけ ー子どもの視力が低下ー
文部科学省が毎年行っている「学校保健統計調査」によると、令和6年度、裸眼視力が1.0未満だった子どもは小学校で36.8%、中学校で60%、高校で71%となっています。コロナ禍の影響で単純な比較ができない時期がありますが、1978年(昭和53年)の時点では裸眼視力が1.0未満の割合は小学校で18%、中学校で33%、高校で49%でした。さらに2019年の時点と比較しても小学校が34.6%、中学校が57.6%、高校生が67.6%となっていますので、わずか5年足らずの間にも子どもの視力が低下していることが分かります。

ロート製薬(最終閲覧:2025.12.18)
子どもの視力が低下している原因としては、次のような理由が考えられます。
- 外遊びが減った
- スマートフォンの普及
- タブレット学習が増えた
- 寝る時間が遅くなった
実は屋外で過ごす時間が長いほど、近視のリスクは低下すると言われています。理想は2時間と言われていますが、この2時間は継続している必要はありません。
近視の原因には大きくわけて「遺伝的要因」と「環境的要因」の2つがありますが、外遊びが短い場合、両親ともに近視ではなくても子どもの近視リスクが高まるというデータがあります。

また、視力の低下を予防するために質のよい睡眠をとることも大切です。強度近視の子どもは、そうでない子どもと比較すると睡眠の質が低いと言われています。

慶応大学病院など日本国内の6つの医療機関に来院した患者を対象に睡眠と近視の関係を分析したところ、強度近視の10歳から19歳の子どもは、近視ではない子どもと比較すると就寝時間が遅く、睡眠時間が短いことが明らかになりました。
さいごに
文部科学省は令和7年9月、中央教育審議会がデジタル教科書を紙の教科書と同様に正式な教科書と位置付け、検定対象とすることを了承した旨を発表しました。
デジタル教科書の正式導入については賛否両論がありますが、一般的に使用されている紙の教科書は、1人で読むことが前提の小説などと違い、教師が読み聞かせるというスタイルが前提となっています。
一方で、デジタル教科書は紙の教科書と比較すると、児童生徒がより主体的に学びやすいように設計された教科書だとも言えます。
つまりデジタル教科書を正式導入するのであれば、授業スタイルそのものを見直す必要があるのかもしれません。
また、デジタル教科書に慎重な姿勢を示す理由のひとつとして、視力の低下など子どもの健康面への影響が挙げられます。
たしかにデジタル機器は視力の低下に少なからず影響を与えています。
2017年(平成29年)に、慶応大学が都内の小中学生に対して調査を行ったところ、小学生で76.5%、中学生で94.9%が近視という結果が出ました。しかもこの調査によると小学1年生の時点での近視率がすでに6割を超えていることが明らかになっています。
近視を予防するためには、一定時間の外遊びをしたり、睡眠の質の向上や睡眠時間の長さを見直したりすることも大切です。
koedoでは、今後もデジタル教科書の導入について定点観測を続けようと考えています。
(koedo事業部)
【参考】
- デジタル教科書をめぐる状況について/デジタル教科書推進ワーキンググループ
- 令和6年度学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業/アビームコンサルティング株式会社
- Comparing Comprehension of a Long Text Read in Print Book and on Kindle: Where in the Text and When in the Story?/frontiers
- デジタル教科書「懸念」90市区教育委の6割、視力低下や通信障害心配/読売新聞
- 子どもの視力低下・近視が増えている/ロート製薬
- 報道発表「令和6年度学校保健統計(学校保健統計調査の結果)確定値を公表します」/文部科学省
- 小中学生の近視増加傾向への警鐘 -都内小学生の約80%、都内中学生の約95%が近視-/慶応大学医学部














