「レポートによる評価」の是非を問い直す

 本年度はコロナ禍により大学でもオンライン授業を行うことになり、それにともなって期末試験は「オンライン試験」や「レポート提出」に置き換わった。私は大学で工学部の学生(主に1年生)に物理学を教えているが、定期試験の時期には少しだけ規制が緩和され、必要な場合に限り十分に対策した上で、「対面試験」を行うことが許された。しかしそこであえて私は、レポートのみをもとに学生の成績をつけることを選んだ。それはレポートという形式が授業内容に合っていたからだが、これに関する私の考え方をお伝えしたい。

 私が務める大学では、試験時間は原則60分と決められている。また理学部や工学部などの理系学部では、1年生が学ぶ物理学は非常に重要視されており、すべての学生が単位を取らなければならない科目の一つとなっている。文系の方にとっての英語と同等に思っていただければわかりやすいだろう。それだけ比重のある科目のため、「正確な学力を測りたい」ということで対面試験を選んだ教員もいる。つまり「レポートによる評価は精度が低い」という考え方が背景にあり、私も一概にこれを否定するわけではない。

 私の場合、工学部の学生に「物理の何を教えたら良いのか」ということを最初に考える必要があった。高校数学の知識で学べる物理学は導入部分の基礎的な現象程度だが、工学はソフトウェアでもハードウェアでも「ヒトが使うモノを作ること」を研究する分野であり、物理学科で扱うよりも現実に即した複雑な現象を扱う学問である。つまり『等加速度直線運動』のような大学1年生で学ぶ程度の基礎的な現象は、その後の工学の勉強、研究、および就職後など、どの状況でもほとんど必要になることはない。

 そこで私は物理学の方法論、つまり、

  1. 論理的に考察すること
  2. それをもとに理解すること
  3. 理解できたらそれを説明すること

の習得を目標として講義をしている。工学部の先生方など他分野の人とコミュニケーションを取るときに私自身の役に立っている事柄なので、工学部の学生にとっても将来役に立つだろうと思っている。残念ながらこれらの事柄を身につける方法論は確立していないので、学生は私の講義の進め方を見て、あるいはレポートとして説明を書くことで、体験学習的にこれらのことを身につけることになる。

 ところで高校物理の問題はほぼすべて、自然現象を表す式を「公式」として覚え、問題のパターンごとの当てはめ方を覚えておけば解くことができる。残念ながら大学における物理学の試験問題も似たようなもので、微分方程式の解き方を覚え、問題のパターンごとに微分方程式の立て方を覚えておけば解くことができる。学生にとっては記憶力と計算力の修練を優先すればよく、物理学をあまり理解していなくても解けるのだ。このような問題は、学んだ物理学の理解度を測るテストとして適していないと私には思えた。

 そこで私は、従来の定期試験でも授業を通じて理解した事柄を“説明させる問題”を出題してきた。しかし60分という短時間で説明文を練り上げるのは、物理的な内容を理解しているかどうかに関わらず非常に難しい。そのため従来通りの計算問題を混在させることになり、学生は従来通りの方法で勉強をしていても単位を取得できてしまった。これでは学生に本来学んでほしいこととは異なるメッセージを送ることになる。

 ところが、コロナ禍によりレポートをもとに評価することが主流になった。学生は考察し、理解し、しっかりした説明文を作る時間を取ることができるので、物理学の理解度で単位取得の判定ができるようになったわけだ。おかげで授業の目標もブレることなく学生に伝えられるようになった。もちろんこれが唯一絶対の解だというつもりはないが、私の場合には「非同期遠隔授業」と「レポート」による評価の組合せが、目標としている授業にかなうものだったので、コロナ禍が収束してもこの方法を続けていくつもりである。

この記事を書いたひと

カラフルな一歩

大学教授、理学博士。専門は理論物理学(原子核理論)。昭和39年生まれ。現在は理系の学生だけを相手に講義などをしているが、法政大学や都留文科大学では文系の学生にも理系科目の講義をした経験あり。趣味は物理学、読書(歴史・時代小説、SF)、パソコンゲーム。ギターの弾き語りは最近やっていないのでもう趣味に入れてはいけないかも…。