小学校でプログラミング教育が必修化した背景、現在の状況は?

学習指導要領は約10年ごとに改定され、前回の改訂は2017年でした。このとき改訂された学習指導要領にもとづき、2020年度から小学校でプログラミング教育が始まりました。プログラミング教育が開始される背景にはどのようなものがあったのでしょうか。

プログラミング教育必修化の背景

近年、デジタル化の発展がますます進み、「子どもたちの65%は将来、いまは存在していない職業に就く(ニューヨーク市立大学大学院センター教授:キャシー・デビッドソン氏)」と言われています。さらに2045年ごろには、「AIが人間の代わりに知的労働をする時代になる」とも言われています。

文部科学省化学技術政策研究所調査報告書より

そうした中、「いま、学校で教えていることは、時代の変化とともに通用しなくなるのでは?」といった不安の声も聞こえています。

文部科学省は、学習指導要領改訂の背景として、

「予測困難な変化を前向きに受け止め、主体的に向き合い・関わり合い、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となるための力を子どもたちに育む学校教育の実現を目指す」

小学校のプログラミング教育の概要1(文部科学省)

としています。

いま、自動車や家電製品など、身の回りの多くのものにコンピュータが内蔵されています。しかし、これらのコンピュータがどのように動いているかを、多くの子どもは知りません。文部科学省は、小学校でプログラミングを必修化する理由として、次のように説明しています。

プログラミング教育必修化の理由

  • コンピュータをより適切・効率的に活用していくためには、その仕組みを知ることが重要であること。
  • コンピュータは人が命令を与えることによって動作しており、簡単に言えばその命令を与えることが「プログラミング」であること。
  • プログラミングを学ぶことによって、コンピュータの仕組みの一端をうかがい知ることができること。

そして、プログラミングを学ぶことは、これからの社会を生きていく子どもたちにとって、将来どのような職業に就くとしても極めて重要であるとしています。

一方で、経済産業省によると、2030年には最大で79万人ものIT人材が不足するという予測が出ています。

IT人材不足を表すグラフ

IT関連のビジネスが、今後も発展していくと予想される中、人材育成が必要不可欠なことも、プログラミング教育を小学校に導入した理由の1つであると考えられます。

プログラミング教育のねらいとは

小学校で行われるプログラミング教育とは、特定のプログラミング言語を習得したり、将来エンジニアとして働くためのスキルを身につけたりすることではありません。小学校でプログラミングを学ぶねらいは3つあります。

①プログラミング的思考を学ぶ

文部科学省は、「小学校プログラミング教育の手引き」の中で、プログラミング的思考について、次のように述べています。

「自分が意図する一連の活動を実現するために、どのような動きの組み合わせが必要であり、一つひとつの動きに対応した記号を、どのように組み合わせたらいいのか、記号の組み合わせをどのように改善していけば、より意図した活動に近づくのか、といったことを論理的に考えていく力」

小学校プログラミング教育の手引き(文部科学省)
プログラミング的思考を表す図

プログラミング的思考が身につくと、何か起きたときに自分が望む結果を得るためには、まず、何をする必要があるのかを1つ1つ分けて考えられるようになります。そして、その1つ1つの考えに沿った対応では、望んだ結果が得られなかった場合には、違う方法を考える。そうした試行錯誤を繰り返すことで、問題解決能力を身につけることが望まれています。

②コンピュータに支えられている社会であることに気づくこと

子どもたちは、コンピュータがどのようにして動いているのか理解していません。文部科学省はプログラミング教育を通して、子どもたちが次のことに気づくことが大切だとしています。

  • コンピュータはプログラムで動いていること。
  • プログラムは人が作成していること。
  • コンピュータには得意なことと、あまり得意ではないことがあること。

つまり、プログラムの働きを知り、いまの生活が情報技術によって支えられていることに気づくことが大切だとしているのです。そして、そのことに気づいたうえで、よりよい社会を築いていこうとする態度を育むことを目指しています。

③各教科等での学びをより確実なものにすること

2020年度、小学校でプログラミング教育が必修となりましたが、「プログラミング」という授業が増えたわけではありません。そして、プログラミング教育を何年生から始め、どのように学ぶのかという具体的な内容が明記されているわけでもありません。さまざまな教科で「プログラミング的思考」を学ぶ機会を学校ごとに自由に取り入れ、そして「学び」を深めることを期待しているのです。

文部科学省は、プログラミング教育の事例を「小学校プログラミング教育の手引き」のほか、文部省・総務省・経済産業省が運営している「小学校を中心としたプログラミング教育ポータル」で紹介しています。

例えば小学2年生の国語では、「主語と述語に気をつけながら場面にあったことばを使おう」、小学4年生の社会で「ブロックを組み合わせて47都道府県を見つけよう」といったものが紹介されています。

プログラミング教育の現状、今後の課題

プログラミング教育は始まったばかりで、どのような成果があるのかまだまだわかりません。しかし、プログラミング教育を行う教師が十分に対応できる状況なのかどうかは気になるところです。

少し古い資料ですが、2018年の文部科学省の調査によると、「ICTを活用する能力」「情報モラルなどを指導する能力」「児童・生徒にICT活用を指導する能力」などの面で、教師がスキルアップしていることがわかります。特に、調査を開始した2007年には52.6%程度であった「ICTを活用して指導する能力」は、2018年には76.6%と大きくスキルアップしています。ただ、この時点で約1/3の教師が指導能力に課題を抱えているということでもあります。

2018年時点の教師のICTスキルを表すグラフ

そして、「プログラミング」という新たな科目を取り入れるわけではなく、これまで通りの授業を行いながら、「プログラミング的思考」や「問題解決能力」を高めるために、どのように指導していくべきなのか、きちんとイメージできている教師はどれくらいいるのかという点についても気になるところです。

例えば、「小学校プログラミング教育の手引き」の中で、小学校3年生から6年生の音楽の授業において「さまざまなリズム・パターンを組み合わせて音楽をつくることをプログラミングを通して学ぶ」と紹介されています。

これまで「音楽」に触れるきっかけがあまりなかった子どもにとっては、興味深い授業になるとは思いますが、実際に楽器に触れたり合唱や合奏を行ったりする時間は確実に減ります。つまり、文部科学省がいう「プログラミング教育」に振り回されてしまい、本来、その科目で学ぶべきことが疎かになってしまう可能性があります。

その授業が終わったときに、生徒が「面白い体験をした」と感じるだけでは意味がありません。そうならないために、教師は「その科目で学ぶべきことは何か」ということを、一度立ち止まって考える必要があるように感じます。

さいごに

現在、身の回りの家電製品には、どんどんコンピュータが内蔵され、暮らしは便利になっています。しかし、どんなに便利になっても、最後に「決定」するのは「人」です。コンピュータが内蔵されているものを上手に扱うためには、コンピュータがどのような働きをしているのか、それを知ることがとても大事なことだと思います。

プログラミング教育は始まったばかりで、この教育が子どもたちにどのような影響を与えるのか、まだまだ未知数です。『koedo』は今後も観測を怠らずに、見守っていきたいと考えています。

■参考

koedo事業部