その謙遜、いる?

友達からLINEが来た。娘さんがラジオに出た際、パーソナリティにほかの子を紹介してほしいと頼まれたので、うちの息子も出てみないかという内容だった。

マスコミが常に「ネタ」探しに苦労しているということは知っていたので、協力したいと思い、息子に話をした。最初は友達の娘さんのしっかりとしたトーク(友達が「参考に」と録音した放送を送ってくれた)に恐れをなしたのか、「出たくない」と言っていた息子だったが、時間をおいて再び話をすると「出ていいよ」との返事。

早速パーソナリティとやり取りし、Zoomでの収録に臨んだ。初めてのラジオ出演にやや興奮気味の息子。親からしたら決して! 絶対に! 公共の電波に乗せたくない、中学受験の話までしてしまった。

息子は中学受験をしたいと言うものの、それに見合うだけの勉強をしていないので受験自体をあきらめさせようと思っていた矢先の発言に頭を抱えたが、言ってしまったものは仕方がない。いま、開き直って放送日を待っているところである。

そして、私は次の子にバトンを渡すべく、いろいろなお母さんに声をかけた。習いごと、子ども会、近所……。ところが、どのお母さんも同じセリフを口にするのだ。「うちの子はそんなところでちゃんと話せないから」「うちの子はアドリブが効かないから」

繰り返し聞いているうちに心底嫌気がさしてきた。子ども自身が出たくないというならわかるが、なぜ子どもに聞く前に親が無理だと決めつけてしまうのだろう。日本に謙遜の文化が根深いことは承知している。

でも、もし子どもが自分はこのように言われていると知ったらどう思うだろう。「自分はできない子と思われているんだ」と自信を喪失しないだろうか。

以前、足掛け10数年刑務所に出入りしていた方と話したことがある。「どうしてそんなにも犯罪を止められなかったんですか?」と尋ねると、「母にとって自分は大事な存在と思えなかったから」という答えが返ってきた。

その方は、地元でも有名な出来のいいお兄さんと、病弱で親の看護が必要な弟さんの真ん中に生まれて、いつも「どうせ自分なんか」という気持ちを抱いていたという。

私はその方がふと語った言葉が忘れられない。「よく親が子どもに『あんたは橋の下で拾ってきた』って言うでしょう? あれは本当に良くない。子どもは親の言葉を真に受けますからね。親は冗談のつもりでも、子どもは傷つきます。犯罪に手を染める子は親からの愛情を信じられなかった子が多いんですよ」

子どもはいくつになっても親からの承認や愛情が必要だ。たとえ大きくなって「手」が離れたとしても。

実際に私も高校教師をしていたときに、家庭の影響を受けている子たちを目の当たりにしてきた。朝礼の時、「ん? いつもと表情が違うな」と思い、あとでそれとなく話を聞いてみると、「家でお父さんとお母さんがケンカした」と言ったこともあった。

大学を卒業して間もなく、子育ての経験もなかった私は、私よりも体の大きい高校生の男の子が両親のケンカを見て動揺することに驚いた。そして、高校生とはいえども「子ども」であり、お父さん・お母さんの言動に大きな影響を受けるのだと知った。

子どもは親が思う以上に繊細だし、親が思う以上に大胆で可能性に満ちている。「子どもが聞いていないから」「もう大きくなったから」と思い、親が不用意な発言をすると傷つく。

その一方で、親が「うちの子にはこんなことできない」と思っていることでも、いとも簡単にやってのけることもある。要は、我が子の可能性を信じ、制限や否定をせず、でも「目」と「心」を離さないことが大切だ。

ちなみに前述の足掛け10数年刑務所に出入りしていた方が犯罪を止めるきっかけになったのは、ご自身に子どもが生まれてからだそうだ。親にとっても子どもの存在は大きい。

この記事を書いたひと

ライター:木下真紀子様

木下 真紀子
(きのした まきこ)

コンセプトライター。14年間公立高校の国語教諭を務め、長男出産後退職。フリーランスとなる。教員時代のモットーは、生徒に「大人になるって楽しいことだ」と背中で語ること。それは子育てをしている今も変わらない。すべての子どもが大人になることに夢を持てる社会にしたいという思いが根底にある。また、無類の台湾好き。2004年に初めて訪れた台湾で人に惚れ込み、2013年に子連れ語学留学を果たす。2029年には台湾に単身移住予定。