子どものネガティブな体験は学びのチャンス!

2021年12月15日

「冬休み、○○(息子)ともう一回釣りに行ってみようと思うっちゃんね」という夫の言葉に、「いいね~!」と言った私の笑顔はそのあと消えた。

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簡易的な釣りを体験した息子が、本格的な海釣りをしてみたいと言い出した。しかし私たち夫婦は釣りに詳しくないし、道具も何一つ持っていない。そこで釣りに詳しい友人に息子を釣りに連れて行ってほしいとお願いした。

当日は私たち家族3人と友人、総勢8名で釣り堀に出かけた。釣りに詳しい友人曰く、初心者の子どもには釣り堀がお勧めらしい。私も釣りはほぼ初体験。手ぶらで行っても道具も餌も準備してくれる釣り堀は初心者にうってつけだ。釣り堀は海に大きな網を張り、そこで釣りをする仕組みのようだった。息子と「これなら簡単に釣れそう」とはしゃいだ。

大人数で行ったからか、初心者が多かったからか、係のおじちゃんが私たちにつきっきりで世話を焼いてくれた。しかし何時間たっても魚は釣れない。幼いころに釣り経験のある夫ともう一人が釣っただけで、その他のみんなは坊主(釣りに行って釣果がないこと)。一緒にいた私の友人は「〇〇(息子)に釣らせてあげたかったね」としきりに残念がっていた。当の息子も「あぁ、魚釣ってみたかった」と言っていた。

いくら釣り堀とは言っても自然相手のこと。釣れるか否かは潮の満ち引きや道具、餌、糸の垂らし具合など、様々な要因があるはず。だから、私は坊主で帰るのも一つの経験だと思っていた。そして、もし息子がもう一度行きたいと言ったときは、釣れるための方策を息子が考えればいいと思っていた。

ところが夫は、息子に魚がかかったときの体験をさせたかったようで、今度釣りに行ったら魚がかかった瞬間、息子にその竿を譲りたいと言い出したのだ。

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私の左手の人差し指にはうっすらと傷がある。小学校高学年の図工の授業で、小刀で鉛筆に装飾を施すときに怪我したのだ。当時は左利き用の文具などなく、左利きの私も先生に言われた通りに右手で小刀を持って鉛筆を削っていた。そして怪我をした。

私はそのとき初めて、ほとんどの刃物は右利き用に作られているということを知った(ハサミは、将来的に困るからと親が右に矯正していた)。帰宅して親に怪我をしたことは伝えたが、親が学校にクレームを言うこともなかったし、学校でも特別な配慮はなかった。それ以来、私は刃物を使うときに細心の注意を払うようになった。このときもし、大人が最初から危険を排除していたら、私は一つ学びの機会を失っていたことになる。

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こういった体験は一見ネガティブだ。しかし、ネガティブな体験から学ぶこともある。経験や体験を通じて初めて血肉になるものがあるのだ。それは決して人に代理されるべきものではないし、大人が先回りして取り除くべきものでもない。そんなことをしていたら、子どもの自立心や問題解決能力を育む機会を奪ってしまうことになる。

そもそも自分自身を振り返っても「順風満帆な人生」などない。思った結果が得られないこともあるし、怪我をすることもある。でも、知恵と工夫で回避したり乗り切ったりしている。この知恵や工夫が何から生まれるかというと、それ以前の失敗からだ。失敗がなければ知恵も工夫も生まれない。

子どもは大人に比べれば経験が少なく未熟だが、本来子どもにもそういった力は備わっている。見守るというのは時としてもどかしいが、大人はその力を信じて見守ることが肝要だ。

私の子育てのゴールは「自立した人間」に育てること。この自立には様々な意味を含むが、少なくとも精神的な自立を目指すのに、親が竿を譲ったりなんかしてはダメだ。息子の冬休みが始まる前にもう一度、夫と話し合いを持たねばと思っている。

この記事を書いたひと

ライター:木下真紀子様

木下 真紀子
(きのした まきこ)

コンセプトライター。14年間公立高校の国語教諭を務め、長男出産後退職。フリーランスとなる。教員時代のモットーは、生徒に「大人になるって楽しいことだ」と背中で語ること。それは子育てをしている今も変わらない。すべての子どもが大人になることに夢を持てる社会にしたいという思いが根底にある。また、無類の台湾好き。2004年に初めて訪れた台湾で人に惚れ込み、2013年に子連れ語学留学を果たす。2029年には台湾に単身移住予定。