【古代メキシコ×STEAM教育】発掘と最新技術
新しい遺跡が見つかった、発掘された遺物が大発見だった…などのニュースを耳にすることがあります。
古代メキシコを中心としたメソアメリカ文明の発掘でも、さまざまな最新技術を使って遺跡が発掘されたり、当時の暮らしぶりが明らかになったりしています。
いったい、どのような技術が使われているのでしょうか。
LIDAR(ライダー)調査とアグアダ・フェニックス遺跡の発見
メソアメリカ文明の元となったと言われる、オルメカ文明。初期マヤ遺跡にどのような影響を与えたのか知るためにも、発掘作業が重要と考えられていました。
セイバル北西にあるメキシコ・タバスコ州のウスマシンタ川中流域が注目されました。ここは、オルメカ地域とマヤ地域中心部をつなぐ位置にあり、初期マヤ文明との関わりを知るうえで、非常に重要と考えられたからです。しかし、あまり調査が行われていない地域でした。
2017年、この地域の航空レーザー調査であるLIDAR(ライダー)調査が行われました。
この調査は、小型飛行機からレーザー光を照射し、物体に当たって跳ね返ってくるまでの時間を計測、物体までの距離や方向を測定する方法です。GPS、IMU(慣性計測装置)を使って、物体の位置関係を三次元で確認することができます。
調査が行われた場所は、森のある放牧地だったそうです。しかし、レーザーの光は木々を通ることができるため、隠れていた巨大な人工建造物の姿を描き出しました。
その建造物は長さ1400m、幅400m、高さ10〜15mの長方形の大墳墓だったのです。
そのほか、道路が9本、貯水池も発見されました。
『アグアダ・フェニックス』と名づけられたこの遺跡は、紀元前1100年〜前750年に建てられたことが分かり、大発見となりました。
王権は確認されていないものの、マヤ文明の起源や変遷に関わる重要な遺跡とされています。
2018年には、マヤ文明地域35万㎢のうち、中心部95,000㎢の一部、2,144㎢の予備調査を行ったそうです。その結果、予想の4倍の6万個以上の古代建造物が発見されたとのこと。それは、住居、神殿、水路、運河、防御用の堀、農地、道路網などさまざまでした。
これまで47㎢の測量に15年かかっていたものが、308㎢を2週間で調査することができるようになったそうです。
遡って2008年、ベリーズにあるカラコル遺跡でもLIDAR調査が行われており、ジャングルの中から数時間で500以上の、新たなマヤ遺跡遺構を見つけることができたそうです。
LIDARの仕組みは、1960年代から地形・気象の観測で用いられてきました。
現在では、ドローンを使ったLIDAR測量も行われています。
今後、より詳細な位置関係の把握ができ、価格の低いLIDARが開発されれば、車の自動運転の技術にも利用できるのではないかと考えられています。現在は、障害物の少ない高速道路のみ自動運転できる車がありますが、将来は歩行者、自転車、バイクなどさまざまな人・物が行きかう一般道でも、自動運転が可能になるかもしれません。
ほかに、空から遺跡を発見する方法に、衛星画像による解析があります。
これは宇宙考古学という学問になっており、さまざまな人工衛星データを分析することで、ほかの方法では見つからない遺跡や遺構を見つけ出し、マッピングします。
人工衛星と地上調査を組み合わせ、ブラジル アマゾン川流域の熱帯雨林わずか7パーセントの面積から、1,300カ所の遺跡が発見されました。現在では人が住みにくい場所なのにも関わらず、100万人以上が暮らしていたと考えられています。地上のみの調査であれば数十年かかっていたものを、数か月で調査することができました。
人工衛星画像は、ひと夏分の発掘で数十か所の遺跡を特定していたものを、数週間で数百か所可能にするそうです。コンピューター処理やAIが発達することで、処理速度が上がることが期待されており、数時間で遺跡の特定ができるようになる未来も近いのではないかと考えられています。
放射性炭素、化学反応を使った年代測定
アグアダ・フェニックスの人工建造物が紀元前1100年〜前750年に建てられた…と前述しましたが、どうして年代を測定することができたのでしょうか。
年代測定で用いられる代表的な研究は、放射性炭素による年代測定です。
測定に使われる放射性炭素(C14)は、自然界に存在する放射性元素です。
人類遺跡を発掘すると、貝、動物の骨、人骨など様々な有機物が発見されます。また、発掘された地層には、さまざまな有機物が含まれています。
- 有機物…炭素を含む化合物の中で炭素と酸素からなるもの
※一酸化炭素や二酸化炭素以外- 例
- 生物体内で作られる炭水化物、脂肪、タンパク質等
- 無数の人工的に合成された有機化合物
- 例
- 無機物(無機化合物)…大多数の炭素化合物(=有機物)を除いた化合物の総称
放射線は19世紀の終わりに、マダム・キュリーによって発見されました。
1947年、シカゴ大学のリビー教授によって放射線炭素(C14)の論文が発表されました。
温度や圧力によって壊れ変化する原子が多いなか、放射線の原子は、破壊され変化する反応速度が常に一定だということが分かっています。
放射性炭素(C14)による年代測定はこの特性を利用しており、発掘された土器や遺跡の年代を調べるのに用いられています。考古学の分野で最も広く使用されていると言われています。
特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」で展示されている、レイナ・ロハ(赤の女王)も、放射線炭素(C14)による年代測定が行われたそうです。
そのほか、化学反応を使った年代特定の方法もあります。
これから、2つの方法をご紹介します。
ひとつ目は、水和反応という化学反応を使ったものです。
古代メキシコでも日本でも、黒曜石は重要な石でした。日本では黒曜石の年代を特定するのに水和反応が用いられているそうです。
溶岩が火山活動で地表に流れ出して冷え固まるとき、溶岩の中に溶けていたガスが気泡となることがあります。しかし、固まるときにほとんどガスが出ず、結晶質になりにくい溶岩が急に固まると、黒いガラスの塊のような岩になります。これが黒曜石です。
黒曜石は割ることでガラスのような綺麗な面となりますが、石器として出土すると、面は鈍い光沢となっています。これは埋もれていた地層中で、水蒸気が岩石の表面の分子と結合し、水和反応という化学反応が起きているためです。
この水和反応は、長い年月をかけて表面から内部に進んで行くため、進行の程度と経過時間の関係が得られれば、石器が加工されてから現在までの時間の推定ができるようになります。水和反応は千年で1/100ミリ程度と大変遅いのですが、顕微鏡で元の黒曜石と水和反応が進んだ層を、はっきり確認することができるそうです。
ふたつ目は、タンパク質の変質を測定する方法です。
刑事ドラマの中で、登場人物が死亡した時に死後硬直の時間を測定し、犯人を突き止めるという内容があります。これは、生命活動が停止してから、タンパク質が変質する化学反応の進み具合を調べることで、死亡推定時刻が分かるというものです。
遺跡を発掘すると、動物の骨や貝、人骨などが出てくることがありますが、わずかでもタンパク質が残されていると、この方法で測定ができるそうです。
同じ個体の中には、いくつかタンパク質の型があります。
生物が死んだ後、何千年、何万年も放置されていると、タンパク質、タンパク質が分解された後のアミノ酸の型が混合物となる変化、セラミ化が起きます。このセラミ化の進行具合を調べることで、生物の死後の年代が分かるのです。
この測定は温度、周囲の水分量、乾燥度合いによって誤差が生じますが、別の測定法と組み合わせることで、その遺跡の環境や生活ぶりを推定することもできるそうです。
生活ぶりを推定するのには、金属顕微鏡を使い調べる方法があります。
石器の使用痕の確認に金属顕微鏡を使うと、肉や植物だけではなく、木、貝、骨などを切っていたことが分かるそうです。こうして当時の人たちの生活ぶりが、少しずつ明らかになるのです。
ストロンチウム安定同位体とDNA分析
レイナ・ロハ(赤の女王)の遺骨が発見されたとき、最初は誰の墓なのか分かりませんでした。それを特定するため、さまざまな科学的な手法が用いられたそうです。
用いられた手法のひとつに、ストロンチウム安定同位体による判別がありました。
ストロンチウム(Sr)は地質に多く含まれていて、その安定同位体比(87Sr/86Sr)は、地質の種類、年代によって特有の値を持っています。水に溶けたり、生物に取り込まれたりしても、値はほとんど変わりません。
この特性を利用し研究した結果、発見された遺骨がパレンケではなく、ほかの土地の出身者であることが明らかになったそうです。
核DNA、ミトコンドリアDNAによる分析も行われました。
核DNAは、両親からの遺伝情報を調べることができます。
ミトコンドリアDNAは、子どもの性別に関係なく、母親からしか遺伝しないことが分かっています。
墓が見つかったとき、キニチ・ナハール・パカル王と血縁関係があるかどうかを調べるため、この分析が行われたと考えられます。結果、パカル王との間に遺伝的関係がなく、遺骨は王母イシュ・サク・クックではないことが明らかになりました。
このような複数の研究の結果、遺骨が赤の女王イシュ・ツァクブ・アハウのものと特定することができました。
この後、X線写真や骨の切片の顕微鏡下による組織分析等、総合的な骨鑑定の結果、赤の女王イシュ・ツァクブ・アハウが生きていた頃の生活状況、病歴、死亡時の年齢が特定されたそうです。
マヤ文明 7世紀後半 パレンケ、13号神殿出土
アルベルト・ルス・ルイリエ パレンケ遺跡博物館蔵
展示風景は東京会場(会期:2023年6月16日(金)~9月3日(日))のもの
AIによる古代文字の解析
chatGPTをはじめ、AI(人工知能)が身近な存在となってきました。
プログラミングの言語や文章だけでなく、現在は、さまざまな古代語がAIで解読されていることをご存知でしょうか。
- 楔形文字
- インダス文字
- 古代ミケーネ人の「リニアB文字」
などです。
インダス文字の場合は、4種類の話し言葉(古代シュメール語、サンスクリット語、古代タミル語、現代英語)のサンプルを入力した後、4種類の、話し言葉ではない伝達システム(人間のDNA、フォートラン、バクテリアのタンパク質配列、人工言語)のサンプルを入力したそうです。その後にインダス文字のサンプルを入力したところ、話し言葉と同程度の適度な規則性が見つかったとのこと。
AIはさまざまな内容を学習させることで、より精度を上げることができますが、インダス文字はサンプルが少なく、まだ検証ができていない状態だそうです。
サンプルが多く、AIに内容を学習させることができたリニアB文字では、AIが80%以上の正確性で文字を認識し、解釈することができたといいます。
古代の遺物は損傷しているものもありますが、AIはこれまで学習した内容やデータを基に、損傷した部分を予測し、補完することもできたそうです。
マヤ文字も、AIの活用により約9割が解読されているそうです。
古典期後期 600年~950年
展示風景は「冒険!マヤ文明」展 エピソード2 2023年3月28日~10月9日のもの
遺跡を傷つけない事前調査
古代の建築物が発見されても、発掘が必要な遺跡なのか事前調査をすることが多いそうです。そのような場合に利用される方法のひとつに、電気を使った物理探査技術があります。
代表的なものに、地中レーダー探査があります。
これは、地表から地中に向かって電磁波を流し、反射波を計測することで、地中の空洞や埋蔵物、地層境界が分かるという探査です。地中の中にある異物までの距離も測定できますし、移動しながら探査することで埋没している物の形まで分かるそうです。
発掘ポイントの絞り込みができ、より効率的に発掘することが可能となりました。
電気を使った物理探査技術には、ほかにも次のようなものがあります。
- 電気探査(非抵抗映像法)
- 磁気探査
- 電磁法探査
空洞を調べるのには、宇宙線ミューオンが使われることがあります。
宇宙線ミューオンは電子になんらかのエネルギー(主に光)が付着した素粒子で、エネルギーが付着した分、本来の電子よりも少し重くなるため、地中深くまで届く性質があります。
しかし、地面に宇宙線ミューオンが届いたとしても、そのままでは空洞があるかどうかわかりません。地中に検出器などの装置を埋め込むことで、届いたミュ-オンを測定し空洞を確認できるのです。
分かりやすく言うと、MRIで人体の断面を解析するのと同じような状況を作り出しているのです。
この特性を利用して、考古学ではエジプト・カイロにある三大ピラミッド内の調査にも利用されました。
現在では宇宙線ミューオンの技術が、さまざまな事故防止に役立つと考えられています。
- 建物や地下鉄の可視化
- 火山体内部を可視化し、噴火調査
- 地質構造探査・陥没事故防止のための地下管、防空壕跡、鉱山跡の調査 など。
ただし宇宙線ミューオンを使った調査では、地中や壁面に穴を開けなくてはなりません。
そのため、炭鉱や地下鉄などで既に穴が掘られている中に検出器を入れたり、調べたいピラミッドの既に見つかっている部屋の中に検出器を運び入れ、まだ見つかっていない部屋を探索する…といった方法が取られているようです。
《嵐の神の土器》テオティワカン文明 150年~250年
テオティワカン、羽毛の蛇ピラミッド、地下トンネル出土 テオティワカン考古学ゾーン蔵
展示風景は東京会場(会期:2023年6月16日(金)~9月3日(日))のもの
チームで行われる発掘作業
遺跡が大規模になればなるほど、さまざまな探査後に発掘作業が始まるそうです。
発掘作業を行う発掘隊は、チームで動いています。
「考古学」と言っても、実は細かな分野に分かれていることをご存知でしょうか。
- 生物考古学(自然人類学)…骨格から性別、身長、栄養状態、年齢、病気等を調べる
- 実験考古学…過去の技術を再現し、過去のものづくりの方法、理由を解き明かす
- 民族考古学…現代の人が、過去同じ地域に暮らしていた人々との繋がりを調べる
- 認知考古学…過去の人々の行動、考え方を分解し、どのように生きていたかを調べる
- 宇宙考古学…衛星画像を分析し、遺跡がある場所を特定、発掘する
- プロセス考古学…遺跡が発達した理由やプロセスに、環境がどう関わっていたか調べる
- 集落考古学…遺跡の居住地、住宅と居住地の形態などを調べる
- 古植物学…地質記録から植物の復元と同定を行い、植物の進化史を調べる
などなど。
これらの考古学の専門家以外に、
- 出土品を絵に残し説明を付ける専門家
- 出土品の目録を作成し記録文書を作成する出土品登録担当者
- 写真撮影担当者
- 土器の専門家
など、複数の専門家がチームを組んで、発掘作業に取り組んでいるそうです。
現在、複数の日本人研究者がメソアメリカ考古学で活躍しており、ほぼ全域・全時代を網羅するほどだそうです。また、日本人が現地の人々と協力しながら、遺跡の発掘や保存、博物館の建設、展示指導、人材育成、マンガを使った普及活動などを行っているそうです。
さいごに
考古学と聞くと、地面を掘ってコツコツと発掘を繰り返すイメージがありましたが、現在は発掘前からさまざまな最新技術が利用されていると分かりました。また、解明するのにさまざまなアプローチの仕方があり、考古学にさまざまな関わり方ができることを知りました。
これからも新しい技術が考古学に応用され、定説と考えられてきたことが覆されたり、新たな発見があったりすることでしょう。歴史を学ぶことは、過去の教訓を活かすことでもあります。そこに生きていた人々の歴史がより正確に、鮮明に描き出される日が来ることを期待して止みません。
これまで【古代メキシコ×STEAM教育】として13回の連載を行って参りましたが、今回が最後となります。ひとつの物事をより深く知ろうとすると「歴史」だけでなく、気候や地理、語学、思想の違い、宗教、ほかの土地との文化比較など、教科横断的知識が必要となります。知識や見解が広がる楽しさを、少しでも感じていただけたなら幸いです。
最後になりますが、このたびの連載にご協力いただきましたBIZEN中南米美術館 館長 森下矢須之様、特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」広報 共同ピーアール株式会社様、九州国立博物館 広報課様に深く御礼申し上げます。
- 展覧会名:世界中で愛されるチョコレートの起源を明らかにする特別展『チョコレートの王国』
- 期間:2023年10月21日(土)~2024年3月31日(日)
東京国立博物館 平成館 2023年6月16日(金)~9月3日(日)終了しました九州国立博物館(福岡会場)2023年10月3日(火)~12月10日(日)終了しました- 国立国際美術館(大阪会場)2024年2月6日(火)~5月6日(月・休)
(koedo事業部)
【参考】
- BIZEN中南米美術館オンライン講座「古代中南米ww」第3回「マヤ戦国物語と輝いた王たち」
- Ancient Mexico 特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」図説集
- KEYENCE くるまづくりコラム
- 宇宙考古学の冒険 サラ・パーカック 熊谷玲美訳 光文社
- 年代を測る 放射線炭素法 木越邦彦 中公新書
- シリーズ「古代文明を学ぶ」メソアメリカ文明ガイドブック 市川彰 新泉社
- 静岡県環境衛生科学研究所 ストロンチウム安定同位体によるワサビ産地判別
- ミトコンドリアDNAと核DNAの違い
- 古代くさび形文字の文書をAIで翻訳――5千年前の知識解明を加速
- 未解読のインダス文字を、人工知能で解析
- AIが古代テキストの分析にどのように役立っているのか?
- 遺跡探査に利用されている電気技術
- 宇宙線ミューオンを利用した地盤や大型構造物の 内部可視化技術