デジタル機器が脳に与える影響、通信アプリの使用による学力の変化とは?
近年、世界中の教育現場でICT機器が導入され、活用されています。
日本は世界と比較するとIT化が遅れていると言われていますが、政府主導の「GIGAスクール構想」により、令和3年3月時点で全国の自治体の約96%で小学生・中学生に対して1人1台の端末の配備が完了していました。
また、デジタル教科書の普及も少しずつ進んでいて、令和6年度には小学生から中学生までの英語でデジタル教科書が先行導入されています。
しかし、その一方でIT先進国であるフィンランドやスウェーデンなどでは教育現場での「脱デジタル化」が進んでいます。
子どもが1日に画面を見ている時間は?
IT先進国で脱デジタル化へと路線変更したのは、画面と長時間向き合うことによる健康への悪影響、集中力や学力の低下といった問題が浮上してきたためです。
つまり、日本でも同じような問題が起きる可能性があるということです。
実際、文部科学省が行っている「全国学力・学習状況調査」の平成24年と令和6年を比較すると、小学生・中学生ともに「平日の1日あたりのゲーム時間」が増えていることは一目瞭然です。
細かく見ていくと「1時間未満」と回答した割合は、平成24年は小学生で約32%だったのが令和6年では約18%、中学生で約27%だったのが約18%まで減少しています。その一方で「4時間以上」と回答した割合が小学生は約9%だったのが17.5%、中学生は10.8%だったのが16.4%まで増えています。
この10年間でゲームをする時間が増えたのは、小学生や中学生のスマートフォンの所有率が増加傾向にあることと関係があるのかもしれません。
通信アプリの使用と学力の関係
人の脳は、もともとマルチタスクをこなすことが苦手です。
脳が同時に処理できる情報は大人でも5つから7つ程度と言われています。
たとえば仕事をしている最中にLINEのメッセージが届いた場合、たとえそれがプライベートのメッセージだとしても、仕事の手を止めてスマートフォンに手を伸ばしてしまった経験はだれしもあるのではないでしょうか。
こうした「何かに集中しているときに妨害が入り、別のことを始める」ということを何度も繰り返して1つのことに集中する時間が極端に短くなることを心理学の世界では「スイッチング」と言います。
スイッチングはパソコンとSNSの並行利用が与える悪影響を研究する過程で生まれた概念です。スマホを使った学習でもっとも問題なのは、この「スイッチング」が起きやすいことだと言われています。
少し古い資料ですが、平成25年に仙台市が市内の公立学校に通う中学生を対象にスマートフォンや携帯電話の使用状況と学力の関係を調査しています。
この調査ではスマートフォン等を使用する時間が長いほど成績が下がる傾向があることが分かります。
同市は平成26年にはLINEなど通信アプリの使用時間と勉強時間、数学の平均点との関係を調査しています。
この調査でも、平日に通信アプリを使用している時間が長いほど数学の平均点が低い傾向にあることが分かります。
大人の脳は研究段階ですが、実はMRIで脳の発達を調べる研究によるとスマホやタブレットを使う習慣が多いと子どもは脳の発達が止まることがはっきりと証明されています。
スマートフォンが学力に与える影響
仙台市では、1日あたりのスマートフォン使用時間別に平成27年度の成績と平成29年度の成績の変化を、市内の小学校6年生と中学校1年生を対象に追跡調査を行っています。
スマートフォンを使用することで、子どもたちの学力にどのような影響があったのでしょうか。
仙台市が行った調査によると、スマートフォンを使用しないか、使用しても1時間未満に抑えた子どもたちの成績は上がる傾向にあり、1時間以上使用するようになった子どもたちの成績は下がる傾向にあることが判明しました。
おまけ
「脳」は何歳になっても学習によって変化します。
ここでいう「学習」とは、脳に新たな回路網を形成することを指します。
たとえばなにかを覚えようとするとき、脳の中では記憶とそれを引き出ししやすくするためのネットワークが形成されます。スキルを身に付けようとしているときには、そのスキルのための特別なネットワークが形成されているのです。
大人になると脳の成長は止まると思いがちですが、現在では脳はいくつになっても成長できると考えられています。脳には神経幹細胞という、いつでも分裂できる細胞があり、人の脳内で新しい神経細胞が誕生しています。つまり人の脳は、何歳からでも脳を刺激し、脳細胞を増やすことでパフォーマンスを向上できるということです。
ところで、どうすれば脳がよく働くようになるのでしょうか。
実は、簡単な方法や単純な方法で学習したときよりも、面倒な方法や厄介な方法で学習したときの方が、脳はよく働きます。
たとえば、パソコンやスマートフォンなどで文字を打つときには、決まった法則で指を動かせばいいだけなので脳はあまり働いていません。それに対し、手書きで文字を書くときには、ペンを握って指先を繊細に動かす必要があるため脳はとても集中しています。
つまり、IT機器を使っているときよりも手書きのときの方が、脳が活性化しているということです。
同じようにオンラインコミュニケーションよりも対面コミュニケーションの方が脳は活性化しています。オンラインでは「ラク」をしている分だけ刺激が少なく、脳の一部しか働いていないのです。
さいごに
日本で法律が改正されてデジタル教科書の使用が認められたのが令和元年です。政府は、当面の間、紙の教科書とデジタル教科書の併用を進める方針ですが、令和6年度から英語でデジタル教科書が本格的に使用されています。
一方でIT先進国である北欧では、子どもたちの集中力が続かなくなったり、長文の読み書きができなくなったりなどの弊害が出ているため、今年、脱デジタル化へと大きく舵を切りました。
世界中の教育現場でデジタル化が進むなか、北欧が脱デジタルへと路線変更したことは、日本にとっても教育現場のデジタル化とその影響について見直す重要な機会となるかもしれません。
koedoでは、今後も教育現場でのデジタル化について定点観測をしていこうと考えています。
【参考】
- 東北大学 川島隆太教授インタビュー「読む&書く」からこそ学びは深くなる/学校法人産業能率大学総合研究所
- IT先進国のスウェーデンが脱デジタル教科書、ICT機器の利用は「適切に」/株式会社TERADA.LONON
- 全国学力・学習状況調査/国立教育政策研究所
- 「学習意欲」の科学的研究に関するプロジェクトリーフレット集/東北大学加齢医学研究所・仙台市教育委員会
- ノートを書くだけで、脳がみるみる蘇る/長谷川嘉哉著 宝島社
- オンライン脳/川島 隆太著 アスコム