『はらぺこあおむし』は、なぜ穴が開いているの? エリック・カールの「仕掛け絵本」をSTEAMで読み解く
「はらぺこあおむし×STEAM」の第二弾は、エリック・カールの絵本の特長である「コラージュ」や「仕掛け絵本」について深掘りしていきます。
エリック・カールの絵の特長は、大胆な色で色付けした紙でコラージュした動物や虫、そして人間です。
ところでコラージュとはどういう意味なのでしょうか?
コラージュとは、「ノリで貼り付ける」というフランス語の動詞「coller」に由来する言葉で、写真や紙片、布などの素材を組み合わせて新たなイメージや意味を生み出す美術表現のひとつです。
では、いつごろからコラージュという技法はあったのでしょうか?
コラージュのルーツ
ー紙の発明から平安時代の「破り継ぎ」まで

手前作品:フレームをもったあおむし(エリック・カール絵本美術館開館時の寄付を募るPRポスター)
2002年/エリック・カール絵本美術館
コラージュの原型とも言える紙や布などを貼り合わせるという表現そのものは古くから存在し、そのルーツは古代中国の紙文化まで遡るとも言われています。「紙」が中国で発明されたのが紀元前2世紀ごろと言われていますが、ほぼ同じ時期に「コラージュ」の原型とも言える技法があったと考えられています。
日本でも平安時代には、書道家が自分の「書」を引き立てるために異なる色や模様の紙を重ねて貼り合わせる工芸技術として発展していきます。
たとえば、西本願寺本三十六人家集は、三十六歌仙の和歌を集めた平安時代末期の装飾写本ですが、金銀の箔や墨流し、破り継ぎなど、さまざまな装飾技法が駆使されていて、特につなぎ合わせる部分を、あたかも紙を破ったかのようにギザギザにする「破り継ぎ」は、紙を貼り合わせて装飾する日本独自の高度な技法として知られています。

出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
このほかにも、切り抜いた紙を家具などに貼り付けて上からニスを塗る「デコパージュ」という技法は、諸説ありますが古代東シベリアの手芸が中国を経由して、17世紀ごろにはイタリアの家具装飾にも用いられるようになりました。
そして20世紀初頭、コラージュは工芸技術から美術的な表現へと変化していきます。
絵画におけるコラージュはパブロ・ピカソ、ジョルジュ・ブラックらが始めた「パピエ・コレ(糊付けされた紙)」に端を発すると考えられています。
エリック・カールはコラージュをするにあたり、自分で素材を作成していたことを連載1回目でも触れましたが、色を塗った薄紙にさらに別の色を何色か加えて模様を作りだしていくのが、エリック・カールの色紙の特長です。紙の上に手早く色を載せ、絵具がぬれている間に筆のおしりの部分や使い古しの歯ブラシやカーペットの切れ端などを使って叩いたり引っかいたりして、表面にさまざまな変化を作りだしていました。
エリック・カールは、単なる技法のひとつとしてコラージュを用いていたのではなく、あらかじめ完成形を決めずに偶然生まれるにじみや模様を楽しみ、それを活かすための方法としてコラージュが適していると考えていたのかもしれません。

エリック・カール展に足を運んだ際には、ぜひ、じっくりと眺めてみてください。あおむしの『毛』の部分はクレヨンで描かれていて、胴体部分にもブラシで削ったようなあとが見てとれます。
「読む」から「遊ぶ」へ
ー16世紀の科学書から始まった仕掛け絵本
エリック・カールの絵本の魅力は、大胆な色使いの絵や物語だけにあるわけではありません。彼は絵本を単に読むだけのものではなく、子どもたちが主体的に関わり、遊ぶことができる「読めるおもちゃ」として捉えていました。
エリック・カールは、絵本にできるだけ多くの要素を取り入れようと試みていました。
ゆかいな動物、こころ踊る色、ユーモア、そして学び。子どもの興味や能力、好奇心に応じて、その子が満足できる要素を見つけられるような工夫が随所に施されています。
「たんじょうびのふしぎなてがみ」には大きな丸い穴が開いていたり、ページが階段状になっていたりします。この形自体に意味があり、プレゼントを見つけるためのヒントになっています。「とうさんはタツノオトシゴ」では、海藻だけを透明なシートに印刷し、それをめくって隠れている魚を見つけだす仕掛けが施されています。

『とうさんはタツノオトシゴ』2004年
「とうさんは しずかに ゆらゆら、うみのなかを およいでゆきました。すると、」
代表作である「はらぺこあおむし」も食べ物に穴が開けられています。
実は、エリック・カールはパンチで開けた穴から着想を得て「あおむし」を主人公にした物語を考え始めたそうです。
こうしたページを開くと折りたたまれていた紙が立ち上がったり、めくったり、回したり、つまみを引いて動かしたり、ページに穴が開いていたり、触れると音が鳴る仕掛けが施されている等々、何かしらの仕掛けがなされている絵本のことを「仕掛け絵本」と言います。
書物に「仕掛け」が使われ始めたのは16世紀ごろだと言われています。
この時代、科学が急速に発展したことに伴い、読んだだけではイメージがしにくい医学(解剖図)や天文学(回転盤)などの実用書において、分かりやすく説明するために書物に仕掛けが施されるようになりました。
絵本の中に「仕掛け」が使われるようになったのは18世紀に入ってからで、19世紀になると多くの絵本で仕掛けが施されるようになります。
エリック・カールの絵本は、単に「見る」だけではなく、指で触れてページを動かすことで、身体感覚を通して世界を理解できる体験につながっています。
数と時間、そして大きさ
ー絵本に組み込まれた「論理的な仕組み」
エリック・カールの絵本には、子どもたちの世界を広げるための仕組みが、ほかにも隠されています。
たとえば「はらぺこあおむし」では、月曜日にはひとつ、火曜日にはふたつ…といったように、月曜日から土曜日にかけて食べものがひとつずつ増えていきます。しかも食べ物には「穴」が開いています。

布の絵本『はらぺこあおむし』(ぐるーぷあゆみ制作)1997年頃
子どもは…子どもに限らないかもしれませんが、「穴」を見ると覗きたくなったり、思わず指を入れたりしたくなります。「穴」が気になるのは、未知への好奇心があるからです。だからこそ「次はどうなっているんだろう」とワクワクし、さまざまな想像を膨らませながらページをめくります。こうした”予想と発見”の繰り返しは、STEAM教育で重視されている探究的な学びにも通じるものがあります。
また、「ごきげんななめのてんとうむし」では、ページをめくるごとに時間が進みます。絵本の各ページの上には時計が描かれているだけではなく、時間の経過とともに太陽の位置が変わる様子も描かれています。
さらに、てんとう虫とほかの生き物の大きさを比較するために、てんとう虫と出会う生き物の大きさが大きくなるたびに紙のサイズも大きくなっています。最後に登場するクジラは、ページをまたいで描くことでクジラがいかに大きな生き物なのかを、子どもがイメージしやすいように、そして楽しみながらページをめくることができるように工夫されています。
しかも、最後にはクジラのしっぽのひと叩きで、てんとう虫が次のページへと飛ばされるシーンが描かれていて、大きさの差がもたらす『力』の違いまで描かれています。
エリック・カールの絵本には、このように子どもたちが世界を理解するための「論理的な仕組み」がさりげなく隠されていて、絵本を読むことで「数の増大」や「時間のサイクル」といったことを教えてくれています。
さいごに
エリック・カールは、NHKの番組『未来への教室』において、子どもたちと色紙制作をした際に、「はみ出してもいいから、思い切って腕を振って描くように」と指示しています。そして、はみ出さないか、失敗しないか、余計な心配は無用だ…とも説いています。
「間違えたり、失敗したりすることはダメなこと」と思ってしまいがちですが、エリック・カールは失敗だと思ったモノのなかにも新しい創造につながるヒントがあることを教えてくれています。失敗を恐れず、試行錯誤そのものを楽しんでいる姿勢こそ、エリック・カールの描く絵が世界中で愛されている理由なのかもしれません。
もし、この記事を読んで、エリック・カールの描いた絵をじっくりと眺めてみたいと思えたのであれば、ぜひ、東京都現代美術館を訪れてみてください。そして、もう一度エリック・カールの絵本を手に取って、子どものころに何気なく読んでいた絵本のなかに隠されている論理的な仕組みを体験してみてください。
次回は、生き物のライフサイクルについて深掘りしようと考えています。

- 会期:2026年4月25日(土)~7月26日(日)
- 会場:東京都現代美術館 企画展示室
- 開催時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
- 公式HP:https://ericcarle2026-27.jp/
【参考】
- 国立文化財機構所蔵品統合検索システム
- 西本願寺三十六家集/Wikipedia
- しかけ絵本の魅力や楽しみ/鎌倉のしかけ絵本専門店「メッケンドルファー」
- エリック・カールのコラージュ ―絵本における造形的特質/藤女子大学人間生活部保育学科 鉢呂光恵













