【親になるということ】“引き算”の子育て

これから少し恥ずかしい話をします。

私は自分の両親と同居していますが、私自身二人の子供がおり、一人は成人しています(自ずと年齢の想像がつくと思いますが……)。その状態であるのに、母は毎朝私が起きてくる時間が1分でも遅れると部屋まで起こしに来ますし、私の帰宅時間が(自分が想像した時間よりも)遅いと、恐ろしく短い間に何通もメールを送って安否を確認します。

別に年を取ったからとか、そういうことではなく、私が学生のころからこの様子は変わりません。ただ、携帯電話というツールを手に入れてしまったために、より連絡が濃密になってしまっただけです。私の母は、つまり、過保護。過干渉とも言えるのです。

少し学生のときの話をしましょう。私は電車で片道2時間かかる大学に通っていたので、6限の授業が終わると帰宅は20時を過ぎました。ところが、我が家の門限は20時。電車を降りて駅の改札を出ようとすると、仁王立ちで待っている母に「何時だと思っているのか」と叱られることが度々ありました。

真面目に勉強しているのになぜ……と思いましたが、電車というのは時間通りに来ないこともあるし、乗換には駅やホームを移動する時間がかかること、授業が終わったらすぐに飛び出して帰るのではなく、少し友達とお話をしたいんだということを理解してもらって、門限を伸ばすのに半年も交渉を重ねました。

また、料理や裁縫が得意な母に何かを教わろうとしても、一番難しいところは「貸してごらん」といってやってくれてしまうので、いつまでたっても自分でできるようになりません。何でもやってくれる母でしたし、何でもできる母でした。

母が教えてくれたことはたくさんあります。母の愛情も、たくさん感じて育ちました。でもその反面、友人関係や読書の傾向、趣味や着る服にまで母の意見が優先される、そんな状態だったのです。

私は二十歳を超えたあたりから、「これはマズい」と思い始めました。これでは、自分はいつまでたっても自立できないと不安になったのです。結果、大学4年間は我慢しましたが、大学院の2年は、研究が忙しいという理由を作って(もちろん本当に忙しかったのですが)、下宿をすることに成功しました。

もちろん、反対されるであろう理由を想定し、どんな理屈にも反論をするための準備をきっちりとして。下宿時の2年間、当たり前ですがなんでも一人でやらなければなりません。家事、バイト、勉強……お金のやりくりから時間の管理まで、インターネットが普及していない時代ですから、ひたすら本を読みながら学びました。

……ここまで書けば、何を伝えたいかはおわかりでしょう。つまり、「やってあげる」ことが子供にとって最善なわけではない、ということなのです。自分の子供ができてから、私はできるだけ「手を出さない」ことを意識しました。私のモットーは「明日私が死んでも、自分で生きていける子供を育てる」ということです。

もちろん子供の成長に合わせて加減をしましたが、基本的には「自分で考えて自分で決め、自分でやる」ことを徹底しました。朝は一度だけ声をかけ、そのあとは起きてこなくてもこちらから起こさない、提出物があっても事前に渡されていないものはできないと伝える、勉強は(そのせいで成績が悪くても)自分からやるまで我慢して何も言わない、仕事のときは(よほどのことがない限り)部屋に入れないで待たせる……その代わり、頼まれたら引き受けるし、相談されたら徹底的に付き合うし、本や人脈、知識や場所など、自分が持っているもので、関連があるものはすべて与えるということをしてきました。

特に勉強は黙って見ていることが本当に辛かったです(まだ学生なので、いまも辛いです)。自分が育てられたこととはほぼ真逆な子育て。本当にこれで良かったのか、不安に思っていたところ、先日こんなことがありました。

学校で、図書室登校の子供がいました。私と息子は図書のボランティアをしているのですが、ちょうどその子がいるときに図書の整理をしていたのです。息子は何気なくその子供に話しかけました。ところがその子が答えようとすると、一緒に登校していたお母さんがすべて答えてしまうのです。でもそのお母さんも子供のことを考えて、子供が間違えて何か言ったらかわいそうと思って、一生懸命なのです。

その後何度かトライして、あきらめた息子。帰り際私に「俺はちゃんと適切な距離をもって育ててもらったんだってわかった」とポツリと言いました。それだけで私の子育ては、(とりあえず自分の息子に対しては)間違っていなかったんだなと思って、嬉しくなったことを覚えています。

引きこもりの50代の息子の親が、死ぬ前になんとかして息子を結婚させようと代理で婚活をすることがあるそうです。自分たちが死んだら、息子の面倒を見てくれる人がいないから、お嫁さんがほしい。お嫁さんに自分たちの代わりを担ってほしい。それが理由だそうです。

それで、良いのでしょうか。いま家庭での子供の数が少なくなり、また親が子供と接する時間も短くなっています。その限られた中であらゆることを子供にしてあげたい、と思うのは親の気持ちとしては当然です。しかし、私ほど極端でなくても考えてみてください。あなたのお子さんは、いつ、一人で生きていけるようになるのですか?と。

成長とともに親の愛情の押しつけをしない、“引き算”の関わりを意識することが、徐々に子供に自立を自覚させる近道なのかなと、思います。

この記事を書いたひと

ライター:吉田理子様

吉田 理子
(よしだ りこ)

1971年生まれ。Windows95発売当時に社会人となり、以降パソコン教室講師やITサポート等の仕事に従事。2005年に企業・学校向けのIT、情報教育を目的とした企業組合i-casket設立。2018年には一般社団法人s-netサポーターズを設立し、主に小中学校にて子供・保護者・教員向けの情報リテラシー、プログラミング的思考に関する講座を行う。そのほか地域ボランティアや主権者教育の活動をボランティアで。趣味は料理と読書。