教育DXにより変化し始めた授業風景、学校現場に与えるメリットおよび今後の課題は?

「DX(Digital Transformation)」という概念が誕生したのは平成16年。スウェーデンの大学教授が「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と提唱し、その後、学問的な用語として広がり始めました。

日本では、平成30年に経済産業省が「DX推進ガイドライン」において企業が取り組むべきものとして示したことで、DXという言葉が浸透し始めました。

経済産業省によると、「DX」は

企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。

デジタルガバナンス・コード2.0/経済産業省

と定義されています。

では、教育現場におけるDXは、どのように進めていくべきなのでしょうか。

文部科学省は、教育現場でのDXを次のように段階的に進めていくことをイメージしています。

教育現場におけるDX化とは

  • 段1段階:デジタル化による効率化
  • 第2段階:デジタル技術・データ活用による指導・教育行政の改善・最適化
  • 第3段階:新たな価値観を創出
教育DXイメージ(文科省)
教育データの利活用の現状と今後/文部科学省(最終閲覧日:2024.6.7)

変化し始めた授業風景の背景にあるものとは

「授業風景」と聞いたときに、どのような風景を思い浮かべますか?

教室にいる何十人もの子どもに対し、1人の教師が知識・技能を授けていく…という学校教育の仕組みは明治時代に学校制度が整えられて以降、150年もの長きに渡り、ほぼ変わらない形で続いています。

実は、教育システムを変えていくべきだという指摘は、以前から言われており。昭和62年中曽根内閣の時代に、臨時教育審議会の答申に次のように書かれています。

これまでの教育は,どちらかといえば記憶力中心の詰め込み教育という傾向があったが,これからの社会においては,知識,情報を単に獲得するだけではなく,それを適切に使いこなし,自分で考え,創造し,表現する能力が—層重視されなければならない

臨時教育審議会 第四次答申(最終答申)

それから40年近く経過した現在、ようやく授業の中心が「記憶力中心の詰め込み教育」から「自分で考え、創造し、表現する能力の育成」へと移行し始めています。

その背景には、政府主導で行われた「GIGAスクール構想」があります。

「GIGAスクール構想」とは、Society5.0時代を生きる子どもたちにとってパソコン端末は鉛筆やノートと並ぶマストアイテムであるとして、政府の主導で全国の小学生・中学生に1人1台の端末を配布しようというものでした。

当初、令和5年の達成を目標としていました。しかし、新型コロナウィルス感染症の影響で予定を大幅に繰り上げ、令和2年度内から端末が配布されはじめ、令和3年7月の時点で全国の約96%の自治体で児童・生徒のもとに端末が配布されています。

教育DXがもたらすメリットとは

令和6年度、まずは英語において児童生徒用のデジタル教科書が先行導入されました。

また、一部の自治体や学校では、ほかの教科においてもデジタル教科書が導入されていたり、ドリルアプリが利用されていたりします。

文部科学省の調査によると、学習者用デジタル教科書の整備率は、令和3年3月の時点では6.2%に過ぎませんでしたが、2年後の令和5年3月には87.4%と急増しています。

ただし、この87.4%という割合は、学年や教科を問わず、校内で1種類でもデジタル教科書を利用していればカウントされているため、現実にはまだまだ普及途上の段階です。

指導者用・学習者用デジタル教科書普及率
令和4年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概要)
(最終閲覧日:2024.6.7)

では、教育現場におけるDXが進むと、どのようなメリットがあるのでしょうか。

学習ログを活用した個別最適化された学び

教育現場でDX化が進むと、学習によって得られたデータが蓄積できます。

蓄積されたデータを分析、活用することで、学習ログをもとにした個別最適化された学習ができるようになります。

学びの保障

デジタル端末を利用した学習は、さまざまな理由で学習が遅れがちな子どもにとっても重要な意味を持ちます。

たとえば発達障害の子どもの中には、視覚的な情報取得が得意な子どももいます。

こういった子どもたちは、教師の説明だけでは理解が追いつかなくても、学習内容が書かれた絵カードを端末に表示することで学習理解が深まることがあります。

また、今後、大規模災害が起きた場合などにも、端末があればオンラインで授業を行うことができます。

つまり教育現場のDX化は、憲法が定める「教育を受ける権利」を保証するツールとなり得るということです。

事務作業負荷の軽減

現在、教職員の長時間労働・過重労働が大きな社会問題になっています。

教師の負担のひとつであるテストを、CBT(Computer Based Testing)やデジタルドリルに置き換えるだけで、採点や集計を大幅に効率化でき、時間の短縮につながり、作業負担が軽減できます。

文部科学省の「全国の学校における働き方改革」には、次のような事例が紹介されています。

デジタル化による作業負担(実例)

  • 授業で配布していたものをクラウドへ直接アップロードすることによって年間43時間の削減
  • 小テストの採点を自動化することで年間21.5時間の削減
  • 家庭学習のオンライン提出により年間33.3時間の削減

教育現場におけるデジタル化の現状

コロナ禍の影響で、日本の教育現場では一気にデジタル化が進みました。
しかし、現在においても世界的に見ると日本のデジタル化は遅れをとっています。

OECD(経済協力開発機構)が3年に1度、15歳の子どもを対象にPISAと呼ばれる加盟国の学習到達度に関する調査を行っています。コロナ禍の影響で2021年に行われる予定だった調査は2022年に実施されました。

この調査において、「授業でデジタル・リソースをどれくらい利用しますか」という問いに対し、国語・数学・理科のいずれの科目においても、日本はOECDの平均を下回っています。

ICT利用調査「教科ごとの利用頻度」
OECD生徒の学習到達度調査 PISA2022のポイント/国立教育政策研究所
(最終閲覧日:2024.6.7)

教育DX推進の課題とは

教育DXを、今後、ますます進めていくためにはいくつかの課題が挙げられます。

ICTに関わる費用負担

今回、小学生・中学生に配布されたデジタル端末は、整備にかかる費用のうちおよそ半分を国が補助金を出し、残りの半分を各自治体が負担することで実現しました。

しかし、デジタル端末は1度配備したら永遠に使えるというものではありません。

端末の寿命は5年から6年ほど言われており、その前に故障する可能性もあります。

今後、買い替えが必要になったときなど、その費用をどこから捻出するかが課題として挙げられます。

通信環境の整備

通信環境の脆弱性も課題として挙げられます。

文部科学省が全国の小学校・中学校・高等学校約3万2000校を対象に行った調査では、約8割の学校で文部科学省が推奨する通信速度を満たしていないことが判明しました。

セキュリティ対策、個人情報の取扱い

インターネット環境を使用する以上、サイバー攻撃やウィルス感染のリスクが発生します。

そのため、セキュリティ対策をしっかり構築する必要があります。

また、データを紛失してしまったり、盗難に遭ったりするケースも考えられます。
こういったケースは情報漏えいにつながるため、たとえば遠隔操作で端末をロックできるアプリの導入など、なんらかの対策が必要かもしれません。

教職員のITリテラシーの向上

教育DXを進めていくためには、教師側のICT利活用指導力の向上が欠かせません。

しかし、教師の多くは大学を卒業後すぐに学校で働いているケースが多いので、実はICT機器の操作に慣れていない可能性があります。

つまり、教師側の知識不足や経験不足が課題として挙げられます。
教師のリテラシーが低いままでは、デジタル技術を活かした授業を行うことができなかったり、適切なデータの利活用ができずに、かえって業務の効率が下がったりしてしまうからです。

さいごに

明治時代に現在の学校制度が整えられて以来、約150年もの間、ほぼ変わらなかった授業風景が、いま、児童生徒に1人1台の端末が配布されたことで少しずつ変化を見せています。

しかし、教育現場でのDX化には、費用負担の問題や通信環境の整備、教師側のリテラシー向上など、まだまだ課題が山積みです。だからと言って、立ち止まっている暇はありません。世界の流れにますます乗り遅れてしまいます。

koedoでは、今後も、教育現場でどのようにDX化が進められていくかを定点観測していこうと考えています。

【参考】