キャリア教育における“逆算”の思考
仕事で新しいコンテンツを作るのにコンサルティングをお願いすることにした。コンサルタントから最初に指示されたのは、まずゴールを設定しそこから逆算して準備をしていくこと。私はそのコンテンツによって何を成し遂げたいのか。コンテンツを購入した人はどんな成果が得られるのか。そういったことを決めてから、それに見合ったコンテンツを作り、リリースしていく。
そのフローを見ながらふと思った。これはビジネスだけでなく人生も同じだと。しかし、人生は仕事よりも大切なものでありながら、子どもたちは学校でも家庭でも“逆算”するように言われていないのではないか。
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我が家の小学5年生の息子の夢は将棋の棋士になること。棋士というのは特別な世界のようで、奨励会というものに入会しなければいけないそうだ。しかも、その奨励会は誰でも入れるわけではなく、プロ棋士から推薦を受けるか、子ども対象の大会で好成績を残さないと入れないという。それも、19歳までに!
息子は学校から貸与されたタブレットで棋士になるためのフローを調べ、さらには「奨励会は東京と大阪にしかない。(自分が住むところから)近いのは大阪だから、まずは大阪の研修会に入りたい。お母さん、これから週末は一緒に大阪に行って」と言い出した。
よくよく調べたら研修会は全国6ヶ所に設置されていたので、とりあえず週末ごとの大阪行きの話はなくなったが、私は正直舌を巻いた。
私は小学生のころから学校の先生になりたいと思っていて、そのためには地元の教育大学に行かないといけない(注:実際にはそれ以外の大学でも教師になれる)ということまでは考えていた。けれども、その大学行くために“逆算”したことなどなかった。
だから、息子があまり身近な存在ではない棋士を目指すと言ったときも、自分で棋士になるために何歳までに何をすればいいのかを調べてきたときも感嘆した。
何の世界でもプロになれるのはほんの一握りなので、息子がプロ棋士になれる可能性も限りなく低い(親が言うことではないが……)。しかし、たとえ息子が途中で進路を変えたとしても、夢破れたとしても、この“逆算”の思考は息子の役に立つはずだ。
でも本音を言えば、これだけでは人生は(ビジネスも)不十分だ。なりたいものになった先の「成し遂げたいこと」の方が重要だからだ。
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生き方、働き方の多様化にともなって、学校現場でもキャリア教育の概念が浸透してきて久しいが、本当にその意味を理解している先生はどれくらいいるのだろうか。
現に私も、高校教諭時代、生徒に進路指導する際は将来就きたい職業を聞き、必要な資格や進むべき学部の助言をしていただけだった。いま考えれば、そんな進路指導のなんと底の浅いこと! その職業に就いたその先を聞いていれば、もっと多様な進路が提示できたかもしれないし、生徒のさらなる意欲を喚起できたかもしれないと思うと悔やまれる。
だた、当時の私がこのことに気づいたとしても、やはり多様な進路を提示できなかっただろう。なんせ自分自身の社会経験が少なすぎた。これは年齢のことを言っているのではない。高校現場に限って言えば、職員室には4年制大学を卒業した教員しかおらず、限りなく同質で特殊な環境なのだ。社会人経験のある教員は少なく、個人事業や会社経営を経て教員になった人など、私が知る限りいない。
誤解を恐れず言うなら、高校の先生は教科のプロであっても“社会人のプロ”ではない。生徒から「起業したい」と言われたら、困惑するのが関の山だろう。だからこそ、保護者は家庭内で意図的にキャリア教育を行う必要があると考える。まずは暫定でいいので、子どもの将来の夢から一緒に“逆算”してみてはどうだろう。
この記事を書いたひと
木下 真紀子
(きのした まきこ)
コンセプトライター。14年間公立高校の国語教諭を務め、長男出産後退職。フリーランスとなる。教員時代のモットーは、生徒に「大人になるって楽しいことだ」と背中で語ること。それは子育てをしている今も変わらない。すべての子どもが大人になることに夢を持てる社会にしたいという思いが根底にある。また、無類の台湾好き。2004年に初めて訪れた台湾で人に惚れ込み、2013年に子連れ語学留学を果たす。2029年には台湾に単身移住予定。