「未来人材ビジョン」とDXとSTEAM教育

2023年4月7日

2022年5月、経済産業省から「未来人材ビジョン」という108ページにわたるレポートが発表されました。

未来人材ビジョン
未来人材ビジョン/経済産業省

未来人材会議に参画していたメンバーは日本を代表する企業の社長や人事系の役員、そして学者に人事院総裁です。文部科学省や厚生労働省からもオブザーバーとして参加していました。

この未来人材ビジョンは、学校教育や企業における人材育成、採用を含む人事戦略に係る重要な問題を提起しています。

問題の根源にあるのは、「社会で求められている人材」と「教育のシステムの中から排出される人材」に乖離が生まれ始めていることです。

実際には、日本の教育システムがわるいのではなく、教育改革は世界中で起こっています。この世界同時に起こっている教育の変革の理由は明白です。世界中で社会のカタチが変わってきているからです。

この社会の変化を日本では、「Society5.0」という言葉を使って表現しています。内閣府が次のようなイラストで表現しているので、数年前からよく目にしている人もいるかもしれません。

Society5.0
「Society5.0」イメージ

社会の移り変わり

教育改革と、いま企業に求められているDXとは、このSociety5.0へ移り変わる社会という同じ現象に根を持つ問題です。

  • Society1.0を狩猟社会
  • Society2.0を農耕社会
  • Society3.0を工業化社会
  • Society4.0を情報化社会

このように名付けていますが、それぞれ社会が移り変わるときには大きな教育改革があることが、歴史を紐解くと見えてきます。

狩猟社会から農耕社会へ(Society1.0からSociety2.0)

まず狩猟社会から農耕社会に移り変わるときに生まれた教育システムがあります。

それは「宗教」です。

それまで家族単位で生活をしていた人間が、集団を形成し、富を蓄積するようになります。蓄積された富を奪い合うような社会から、道徳的な価値観の共有を図ったのが「宗教」の役目であり、社会教育として機能したと教育システムです。

日本では奈良時代に全国に「国分寺」「国分尼寺」が建立され、仏教による社会教育のシステムができあがっていきます。

農耕社会から工業化社会へ(Society2.0からSociety3.0)

Society2.0からSociety3.0に移り変わるときに生まれたのが明治時代の尋常小学校です。

Society3.0の工業化社会では、社会を構成する市民に一定の知識と規範的な行動が必要でした。その社会的教育の役割を担ったのが「学校」というシステムです。

工業化社会から情報化社会へ(Society3.0からSociety4.0) 

Society3.0からSociety4.0への移り変わりでは効果的に働いた教育改革があるようには見えません。もしかしたらそれが、失われた30年と言われる日本の不況に繋がっているのかもしれません。

「ゆとり教育」が実質的にはじまったのは2002年です。このときの教育改革が「詰め込み教育」に対しての「ゆとり教育」ではなく、Society3.0からSociety4.0への時代の変化に伴った適応的な教育改革であれば、あるいは日本の現在の不況はもう少し早い段階で回復したのかもしれないと今になって思います。

現在の社会状況(Society4.0からSociety5.0) 

そしていま起こっているSociety4.0からSociety5.0の変化は、より分かりづらいのではないかと感じます。

Society4.0の情報化社会については、たとえば1990年代にパソコンが当たり前のように周りにあふれたあたりから実感として認識できると思います。ただ、そこからSociety5.0への変化が、いつ、どのように起こっているのか、私もたぶん、いまの立場にいなければなかなか分からなかったと思います。

IT企業の開発現場で起こっている現象で表現すると、こんなことが起こりはじめているのです。

社会の変化

いま、現場で起きていることとは…

たとえば私のようなIT企業は、これまで企業のIT化、システム化をお手伝いしようとするとき、次のような流れで仕組みを作ってきました。

これまでのシステム化の流れ

  1. 大量の紙ベースのデータをパソコンで処理してデータを一元管理
  2. 必要な情報が、必要なときに、必要なカタチでアウトプットされるようにシステム化

ところが極論すると2020年あたりを境にして、この流れが変わってきます。

便利で、汎用的で、安価に使えるアプリケーションが大量に作られ、企業のIT化や省力化の動きに合わせて現場に入りこむようになりました。

この大量のアプリケーションたちが自社の巨大になってしまったシステムをカスタマイズするより、はるかに簡単に現場に導入できるようになります。

しかも、一定のスキルを必要するパソコンの操作とは違い、このアプリケーションたちは基本的にスマートフォンでの利用を前提としています。そのため、スキルの習得という意味でのハードルがありません。

そうなると企業では次のようなことが起こり始めます。

企業で起こり始めていること

  • これまで
    • データは、専門のスキルを持った、あるいは知見を持った人のところに集まってくる
  • 現在
    • データをパソコンに送るのではなく、データが発生している現場から直接クラウド上に送る
    • 専門の部署にいる人が、クラウド上でシステム的に処理されたデータを引き出す

つまり、これまでデータを扱っていた人の視点で見れば、データの流れが逆方向(手元からシステムに送るではなく、システムから手元に引き出す)の流れになっているのです。

これがSociety4.0からSociety5.0への変化の、最も端的で分かりやすいところです。

この流れの変化は、見た目上、変化が非常にわかりづらいという欠点がありますが、具体的には3つの問題が生まれています。

問題1 データの「サイロ化」問題

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たとえば、これまでは次のようなことが一見して分かり、「問題だ」との認識も生まれやすい状況でした。

  • 机の上の山積みの書類
  • 散らかった作業場
  • 在庫数の分かりづらい倉庫

こういった状況のなか、現場の「モノ」を整理しながらシステムにデータを流し込み、管理していました。

現在、同じことがクラウド上で起きています。
つまり、どこに保存したか分からないファイルが、クラウド上にたくさんあるということです。整理に整理を重ねた挙句、取り出すのに時間がかるようになってしまうこともあります。

データが一元管理されていれば、基幹システムを扱うだけでいいのです。しかし、さまざまなアプリケーションを使うようになってしまったために、それぞれのデータが別々に保存されてしまい、連動性が悪いということも起きています。

これがデータのサイロ化問題と言われている問題です。

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問題2 市場(マーケット)の変化

2つ目は深刻です。

1つ目はあくまで自社内の困りごとでした。2つ目は、データの流れ方が変わったことによって市場(マーケット)の位置が変わってしまっているという問題です。

society4.0の時代は、システムは各企業が個別に持っていました。

しかし現在、それぞれの企業が便利で安価なクラウドサービスを利用するようになり、それぞれの機能におけるプラットフォームが生まれ始めています。

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分かりやすいたとえを挙げると、印刷のプリントパックや、ラクスル、アスクルやアマゾンのような感じです。これらは便利な機能を提供することによって、データの流れる道を変えてしまっている社会現象です。

たとえば農耕時代から初期の工業時代、流通は川が担っていました。町や村は、川沿いに拓かれ、農作物や工業製品は水運を利用して運ばれていました。

モノが通る場所に市が成立し、そこでモノの売買が行われています。

工業化時代、モノの流れは国内だけでなく世界に広がるようになって、海が主要な流通ルートになると街は海沿いに広がります。

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ところがインターネットが当たり前に活用される時代になって、モノよりもはるかにコストを抑え「データ」だけが運べるようになります。

マーケットは「モノ」の流れがあるところに成り立っているよう見えますが、実は「価値」あるものの流れがあるところにマーケットが成り立っています。つまり、いまは、この「データ」だけが行き交う場所にマーケットが成り立つようになっているのです。

これが「プラットフォーム」と言われるものです。

安価や便利を売りにして価値あるデータの流れ……流通ルートを創り出し、利用が広がるプラットフォームサービスは、同じ土俵に乗っていなければマーケットそのものに参加できない社会状況が生まれてしまっているのです。

問題3 人財の問題

そして3つ目が人財の問題です。

先に話をしたように、自社がシステム化やIT導入を考えるかどうかとは別の問題として、市場や社会そのものが、ITサービス……データの流通経路……プラットフォーム上で成り立ってきています。

たとえばこれまで自社の業務はすべて人の手で行われていたとしても、会社の外側の環境に対応しようとしていくと、必然的に自社の業務に、システムやアプリ、ロボット、AIが入り込んできます。

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たとえば……経理のポジションで考えてみましょう。

これまで経理のポジションには、次のような「生データ」が届いていました。

経理の届く「データ」

  • 売上の計上
  • 入金の確認
  • 経費の精算

経理は「仕訳」という作業を通してデータをシステムに登録していました。この経理のポジションには専門の知識が必要であり、このポジションにおけるノウハウがありました。

ところが、売上もインターネット上で起こり、材料や備品の購入もインターネット上で起きた場合、経理のポジションには、「仕訳」が済んだ情報が届くようになります。

既にそれぞれのECサイトと、各社それぞれの経理システムの中間で、お金の流れの仕訳まですべて済ませてしまうサービスが生まれています。

このとき、経理に求められる仕事は、どうなるのでしょうか?
経理に限らず、一般的な仕事がどのように変化しているかを簡単に図で表すと次のようになります。

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業務というのをここでは、「定常業務」と「プロジェクト業務」に分類します。

業務の分類

  • 定常業務…毎日、毎週、毎月と定期的に、ルーチンで発生する業務のこと
  • プロジェクト業務…期間が区切られ、唯一性のある業務のこと

ITのシステムやAI、ロボットは、この中の定常業務の領域をどんどん浸食しています。繰り返しの作業の速さと、正確性、労働生産性は、ITの得意領域です。

人が担う仕事は、この定常業務の領域の中の仕事から、プロジェクト領域の仕事に移ってきています。同時に、定常業務の中で必要とされる仕事は、システムやデータ、ロボットとの接点を担う職務です。とくにこの定常業務の領域の中から、問題を認識し、課題を設定して、プロジェクトを起こしていくところの人材が求められています。

この定常業務の中にいる人材に必要とされる資質能力が、これまでとこれからとで大きく変わってしまっているのです。

以下の表は未来人材ビジョンの中で示されている能力の変化を表した表です。

未来人材ビジョン
未来人材ビジョン/経済産業省

注意深さ、ミスがないこと、責任感やまじめさ、信頼感や誠実さ、そして業務のスピードなど、まさにこれまで専門的な領域(経理や労務など)で求められている能力は、2050年の社会では姿を消しています。

変わって問題の発見力や的確な予測、革新性など、これまで姿カタチもなかった能力に対しての需要が生まれてきているのです。

教育改革の中で求められているのは、この社会で求められている能力の質的変化に対応する教育体系です。

これまでたとえば教科教育の中で培ってきた知識の正確さや、処理の速さやミスの少なよりも、問題を発見する感性や、課題を設定する力、課題解決のためにアプローチしていく能力やスキルなどを如何に育てていくかが教育の肝になっています。

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2020年前後に、文部科学省では学習指導要領改定に「前文」を用いて今後の教育の方向性を示し、経済産業省では未来人材ビジョンを発表して今後の教育や企業の雇用・人事に関してのビジョンを示しています。

未来人材ビジョン
学習指導要領前文

この2つの文書は、ともに「Society5.0」という社会への適応を視野に入れた社会教育システムの変化に言及したものであると捉えることができます。そしてこのような変化の中で、文部科学省も、経済産業省も注目しているのがSTEAM教育です。

STEAM教育を調べると、Science、Technology、Engineering、Art、Mathematicの頭文字から取った造語だと出てきますが、これをこのまま解釈すると本質を見誤ります。

STEAM教育の考え方
STEAM教育の考え方

STEAM教育は、手段としては科学や技術、工学やアート、そして数学(論理構造の組み立て)を利用しながらも、本質的には「社会の変革と環境に適応するマネジメント力」と捉えるのが、より社会から求められている能力の姿に近いでしょう。

これは学校教育の中だけで行われるものではなく、企業の人財教育においても、リカレント教育、リスキル教育として必要となってくる教育手法であり、今後の社会教育プログラムとして新しい評価システムとともに開発に力を入れる必要があります。

この記事を書いたひと

藤井九曜

田畑 豊史
(たばた とよふみ)

学習塾等教育現場で利用するシステムやアプリケーションを開発してきた文系出身アウトドア派のシステムエンジニア。
趣味は登山。娘が小学生のうちに100名山を一緒に登って回ろうと計画。8歳の娘が現在22座登頂。しかしコロナ禍でペースダウン中。