AI教材は私たち塾講師を超えられるか?

とある休日、娘とその友達とランチを食べた。娘は高校2年生であるが、中学生のときから管理栄養士になるという夢があるので進路にブレはない。栄養科がある大学を希望している。しかし、そのお友達の女の子は自分が将来したいことも、なりたい職業も夢もないと言っていた。何となく地元大学の経済学部に行きたい・・・かな?というものだった。そしていまは、学校近くにある大手の個別指導塾に行っていると言っていた。

 職業柄いろいろ聞きたくなり、「どんな勉強しているの? 例えば英語は何しているの?」と尋ねると、「文の要素を取るところ」というので「え? 高校2年生でSVOC取れないの?」とビックリして聞き返した。すると「AIが判定するから、1つでも間違えるとずっとそこから抜けられない」という返事。なので、いま学習すべき文法事項が学べていないそうだ。

「今度、テスト前に娘の英語を見ることになるから塾においで! 一緒に勉強しよう。教えてあげるから」と言うと、彼女はとても喜んでいた。私からすれば娘一人教えるのも二人教えるのも同じなので良いのだが、この状況はいかがなものか・・・と考えてしまった。

 そんな折、AIシステムを使った教材会社の人と話す機会に恵まれた。大手の生徒さんのデータから、AI自体がかなりお利口になっているようだった。パッと聞いたところでは羨ましい限りの内容だった。それぞれの生徒の間違いパターンを学び、適切な問題を出して生徒に学習させるとのこと。その間、私は生徒のメンタルや保護者フォローに回ることができる。文明の利器とは素晴らしい!と素直に思った。

 しかし、先に述べた女の子にとって、このAIは素晴らしい教材なのであろうか? もし、私が彼女の指導者であれば、文の要素は毎回の問題演習のたびに取らせて習得させる。そして、いま学ばなければならない単元に先に入っていくだろう。ずっと足踏みばかりで先に進めない状態は、生徒からやる気を削いでしまう。

 当然、基礎的なことは繰り返し定着をさせる必要があるが、私たち講師であれば平行して学習させることも可能だ。そしてAIと私たち講師の決定的な違いは、「その生徒に応じて教え方を変えることができること」だ。AIができるのは、組み込まれたプログラミングの中から問題を選んで出題するところまで。生徒の表情や声からの情報で問題を選ぶことができない。そう、AIに感情の読み取りはできないのだ。

 私は超絶文系人間なので、人工知能についてはまったく詳しくないのだが、現段階で人間の感情を読み解くことは不可能だそうだ。それほどまでに人間は複雑で生ものなのだ。生徒が塾の扉を開いた瞬間から彼らのその日のコンディションを察知し、対応していく。相手は思春期まっただ中の中・高生だ。友達とケンカもすれば親とケンカもする。勉強に対してやる気に満ち満ちている日もあれば、勉強が手につかない日もある。

 そんな彼らを見ながら、私は声のかけ方や言葉を変えて授業をしている。プリント一枚を手渡すときも彼らを観察している。そのときのコンディションに応じて、かける言葉も変わり、課題問題も変わる。もちろん、個々の性格に応じて使う言葉も声色も変わるし、理解度によってもさじ加減が変わる。数えられないくらいのバリエーションで瞬時に対応するのだ。

 AIを使っていると言えば、なんだか最先端を行っている気がして、すごく良い響きがする。AIを使った教材はしばらく流行るだろう。私だって、息子に使わせたいと思ったくらいだった。しかし、人間に感情がある限りは、AI教育に私たち講師を超えることはできない。なぜなら、私たちは「経験」という感知センサーをもって指導にあたっているからだ。まだまだ、AIには負けないぞ!

この記事を書いた人

松本 正美
(まつもと まさみ)

「学ぶ力は、夢を叶える力!」松島修楽館代表。中学3年生の時に「将来は塾の先生になる!」と決意し、大学1年生から大手個別指導塾で教務に就く。卒業後、そのまま室長として10年間勤務。その後、新興のインターネット予備校で生徒サポートの仕事に携わった後、2013年に松島修楽館を開業。単なるテストのための勉強だけではなく、「どんな夢でも、正しい努力によって叶えることができる」ということを子どもたちに伝えるため、根本的な「学ぶ力」を育むことを重視した指導を行っている。2人の高校生の母。趣味はサックス、タップダンス。