ことば vol.1 「りょ」

2021年2月8日

 「りょ」。この言葉を最初に目にしたのがいつだったかは覚えていないが、意味がわからず困惑したのは覚えている。調べてはじめて「了解」の略だとわかった。「りょ」をさらに短くした「り」という言葉も使われていると知り、ため息が出た。他にもSNSやネットで飛び交う略語やネット用語は枚挙に暇がない。

 私は言葉を専門とし、言葉を生業としているので、言葉に対しては人一倍敏感だと自覚しているが、それにしても最近の言葉の乱れは嘆かわしい。

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 以前、こんな本を読んだ。

 ある保育園の園長から言語の専門家である著者のもとに、園児の言葉の発達が遅いので園に見に来てほしいという依頼が来た。著者がその保育園に赴くと、先生たちは適切な言葉で園児に話しかけており、何の問題もない。けれども、確かに子どもたちの話し方には違和感がある。

 なぜだろうという疑問が解けたのは夕方。迎えに来た保護者の言葉遣いを聞いてからだった。「水筒!」「靴!」「急いで!」というように、単語で話しかける保護者が多かった。これでは子どもの言語能力が発達するわけがない、というのが筆者の結論だった。

 私はこのエピソードを読んで驚いた。保育園に通う園児にとって、寝ている時間を除けば接する時間が長いのは親よりも先生のはず。それでも親の言葉遣いのほうが大きな影響を及ぼすのだ!! 改めて親としての責任を感じた。

 ちなみに、我が家の息子が最初に話した言葉が「あちっ!」だった。私が猫舌で、熱いものを口にするとすぐに「あちっ!」と言うので、息子も一番に覚えてしまったようだ。まさか記念すべき最初の言葉が「あちっ!」だとは思ってもみなかったので、自分のせいとは言え何だかがっかりした。

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 子どもは見ていないようで、本当によく親を見ている。いつのまにか子どもの話し方が親そっくり、というのもよくあること。子どもがどこかで聞いたようなきつい言い方をしたり、汚い言葉を使ったりしているのを聞いて、ハッとした親御さんも少なくないだろう。それほど親の言葉や話し方は子どもに影響を与える。

 親に語彙がなければ、子どもの語彙も増えようがない。親が「文」ではなく単語でしか話さなければ、子どもも「文」では話せない。もちろん、成長過程において子ども自らが言語能力を獲得していくということもあるが、一般的にはやはり家庭の言語環境が基礎となるだろう。

 新しいネット用語は使ってみたい衝動に駆られるし、略語が便利なときもある。こんな話をしている私も、それらをまったく使わないわけではない。しかし、日常のコミュニケーションをすべてそれで済ませてしまうのは問題だ。時と場合と相手に応じた言葉遣いを身に付けたうえで、コミュニケーションのスパイスとして使うくらいに止めておいたほうが無難である。

「ベネッセ教育総合研究所」の「現代人の語彙に関する調査」でも、

  • 「敬語」が得意な人は、得意でない人に比べて語彙力が高い。
  • 「くだけた話し方」が得意な人は、得意でない人に比べて語彙力が高い。

という結果が出ている。

 語彙力や言語能力は、社会生活にもコミュニケーションにも大きく関わってくる。もし自分の子どもの幸せと願うなら、まずは言葉から見直してほしいというのは、決して大げさな話ではないと思う。

 先日もテレビで「顧客に『マジっすか』と言っている部下に注意をしたら、後日『ほんとっすか』と言っていた」という笑い話が紹介されていたが、もしこれが自分の子どもや部下だったら笑うに笑えない。

 いまはネットで「語彙力診断」と検索すれば、簡単に自分の語彙力を知ることができる。ぜひお子さんと一緒に楽しく語彙力チェックをしてほしい。そして、ご家庭での言語環境を振り返る一助としてほしい。もちろん、この提案に対して「りょ」と答えるのはもってのほかだ。

■参考:

この記事を書いたひと

木下 真紀子
(きのした まきこ)

コンセプトライター。14年間公立高校の国語教諭を務め、長男出産後退職。フリーランスとなる。教員時代のモットーは、生徒に「大人になるって楽しいことだ」と背中で語ること。それは子育てをしている今も変わらない。すべての子どもが大人になることに夢を持てる社会にしたいという思いが根底にある。また、無類の台湾好き。2004年に初めて訪れた台湾で人に惚れ込み、2013年に子連れ語学留学を果たす。2029年には台湾に単身移住予定。